マリッジライフ・シミュレイション~鉄壁上司は妻を溺愛で溶かしたい~
トン、と背中が何か堅いものにぶつかり、ふわりと甘くスパイシーな香りが私を包む。

もうすっかり馴染んだこの香りは――

「高柳統括!」

幾見君が驚いた声を上げた。

「何をしている」

地を這うような低い声が上から降ってくる。
まるで百獣の王が呻っているようなそれに、思わず背筋がぞくりとする。
顔を見なくても分かる。鋼鉄の表情に刺すような瞳。

「とっ、統括こそ、何をするんですか!」

高柳さんの迫力に押されたのか、幾見君が少し動揺した顔をしたが、それでも彼は引かなかった。

「俺は雪華さんと話しているんです。統括は割り込んで来ないでください」

幾見君も負けじと高柳さんを睨みつける。

ピリピリとした空気を出す二人に挟まれて、何か言わなければと思ったその時

ゴロゴロゴロ――

ピクリ――体が跳ねる。カミナリだ。
さっき聞こえたのは間違いなくカミナリだったのだ。しかも近づいている。

内側から冷えていくような感覚。それと同時に体が小さく震え始めた。
部下である幾見君には見られたくないのに、足がすくんで動けない。
そんな私の様子に目の前の彼は気付かないのだろう。

「雪華さん、行きましょう」

私の方へ手を伸ばした。
幾見君の手が私に触れる寸前――

パシッ――
私の後ろから伸びた大きな手によってそれは振り払われた。
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