マリッジライフ・シミュレイション~鉄壁上司は妻を溺愛で溶かしたい~

部下である雪華をうちに泊めることになったのは、本当にただの偶然だった。送電線への落雷で彼女のマンションが停電被害に遭ったせいだ。

部下と言えど、俺は女性を自宅に入れる気はさらさらなかった。いや、部下だからこそ入れたくないと思っていた。それなのに彼女をうちに連れて帰ると決めたのは、あの姿を見てしまったからだろう。

閃光と轟音の後意識を失った彼女を、俺は応接室まで運びソファーの上に寝かせた。
青白い顔をして眠る彼女にジャケットを掛け立ち去ろうとした時、『いや…おいていかないで』というかすかな声に振り向いた。
苦しそうにうなされている彼女の、閉じた瞼から涙が零れ落ちていく。よほど辛い夢を見ているのか、眠っていながらすすり泣いていた。見ているこちらの胸が痛むような泣き声に、気付いたら俺は手を彼女の方へ伸ばしていた。指でそっと涙を拭い、それからゆっくりと頭を撫でてやる。すると、呻き啜り泣く声が徐々に小さくなり、しばらくするとすうすうという穏やかな寝息へと変わっていった。

(仕事中はクールで隙のない青水が、こんなふうに眠りながら泣くなんて――)

いつもと違う寄る辺のないその姿に、胸の奥が疼く。

そのあと帰り際に停電が判明した。この時すでに遠山本部長に、『彼女の両親は亡くなっていて、頼れる身寄りがいない』と言うことを聞いていた俺は、一時的に彼女を自分の家に避難させることをやむを得ないことだと判断したのだ。

それはあくまで一時的な措置で、まさかその後、自分が彼女に “模擬結婚生活”を提案することになるとは、自分でも思ってもみなかったのだ。

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