マリッジライフ・シミュレイション~鉄壁上司は妻を溺愛で溶かしたい~
こんなふうに一緒に料理をするのはいつぶりだろうか。

同居を解消してからもう二か月。平日は仕事で遅くなるから家でゆっくりと料理をする暇はない。仕事の後に会うことがあっても、外で食事をするか食事は別々で顔を見に家に行くか、くらいだ。お互い相手がどれくらい忙しいのかは把握しているので、それに不満はない。けれど今の生活を物足りなく感じてしまうのは、“模擬結婚生活”を過ごしたことがあるからかもしれない。

ソファーにチョコンと座ってティッシュで目もとを抑える彼女を見ながら、同居を始めたばかりのことを思い出す。


当初、雪華の警戒ぶりは同じ空間に居るだけでひしひしと伝わってくるほどだった。
職場の上司とはいえ、出会って間もない異性の部屋で過ごすのだ。当たり前と言えば当たり前かもしれない。こちらとしても彼女に手を出すつもりもなければ、上司と部下以上の関係を築くつもりもない。ただ、三か月後に都合の良い実績を残せば良いだけ。

彼女は“停電避難先”と“遠山夫妻の安心”
俺は “結婚不適合の言質”

そんなにカチコチに緊張していたら三か月持たないだろうと思った俺は、『君がいてもいなくても変わらない』という態度で出来るだけ彼女に構わないように心掛けた。
そうしているうちに少しずつ彼女の警戒も解けはじめ、俺が一緒の空間にいても警戒を露わにすることはなくなってきた。
それはまるで、昔祖父母の家で暮らしていた時に拾ってきた子猫のようだった。

人に慣れていなかった子猫は警戒心丸出して、うかつに手を伸ばすとすぐに物陰に隠れてしまう。だから餌を与える以外は子猫が警戒を解いていくのを辛抱強く見守るだけだった。
その後子猫は俺の後をついてくるまでに懐き、甘えたりじゃれついたりとても可愛かったのを思い出す。

雪華と可愛がっていた猫を重ねてしまった時に、彼女は俺の中でただの同居人から“守るべき存在”へと変わったのかもしれない。
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