マリッジライフ・シミュレイション~鉄壁上司は妻を溺愛で溶かしたい~
程なくして社員食堂を出た私と大澤さんは、幾見君と別れ女性用トイレへ向かった。
ここトーマビルには、三階ごとに“女性専用パウダールーム”がトイレに隣接して設置されていて、昼休憩や就業後は多くの女性社員で賑わっている。
昼食後の化粧直しの為に立ち寄ると案の定そこは混んでいて、隣のトイレで口紅を塗り直す程度にしておこうかと思った時、その声は聞こえてきた。
「さっきのアレ、見た?完全調子に乗ってたよね」
「見た見たあの雪女!両脇にいい男を従えて鼻高々だったわよね!」
奥の方にいる彼女たちは私に気付かず、話を続ける。
「そうそう、まじうざ。仕事にガツガツして、まわりの男たちが引いてんの、分かんないのかねー」
「『仕事が出来る私ってステキ~』とでも思ってんじゃない?イケメンとの仕事でモテてると勘違い?ほんと笑えるー」
ぎゃはははっ、と笑う声が響く。
入口のすぐ脇で固まった私の隣で、大澤さんの方がピクリと肩を跳ね上げたのが分かった。
「いいかげんなことを」
大澤さんの低い呟きにそちらを見ると、綺麗な眉をぎゅっと寄せて険しい顔つきをしている。
「私……ちょっと用を思い出しました」
「主任!」
大澤さんの呼びかけを振り切るように、踵を返してパウダールームを後にした。