異世界にトリップしたら、黒獣王の専属菓子職人になりました
美味しいクッキーやケーキを口に入れているだろう身分の高い人にも、和菓子が受け入れられているのが嬉しい。

髪を切ったあと、サユリは丁寧にメグミの髪を梳いてくれる。

『この辺りの人の髪はブラウンが多いでしょ。メグミの“カラスの濡れ場色”の黒髪はものすごく珍しいらしくてね、しかもすごく艶やかだから、切っちゃダメって近所の皆さんに言われているのよー。……でも、切っちゃう』

サユリはこちらの世界でもきっちり近所づきあいをしている。どこかまだ子供扱いをされてしまうメグミでは追いつけない近所情報を仕入れるのが上手い。

『母さんったら。人の髪で遊ばないでよ。本当はもっと短くてもいいんだけどな』

『だめだめ。これくらいがちょうどいいのよ』

くすくす笑う母親は、こういうとき少しだけ気持ちが浮上しているのが見て取れる。

父親を亡くしてからしばらく立ち直れなかったサユリが少しでも気分が晴れるなら、髪の一束二束くらい捧げよう。

横髪も少しあったが、それもサユリの手で、顎の下あたりでまっすぐ切りそろえられた。

『ほらっ、時代劇に出ていたお姫様みたいでしょ。本当はね、母さんは元からメグミの髪型はこうゆうふうにしたかったのよっ』

サユリは時代劇ファンだ。満足そうに出来上がりを眺めるサユリに、メグミは『ありがと、母さん』と返した。

たったこれだけのことからでも、テツジを亡くしたいまのサユリが、元の世界をとても懐かしんでいるのが分かる。
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