異世界にトリップしたら、黒獣王の専属菓子職人になりました
結局、異世界トリップだったようだ。

不思議な話だが、志波家の三人は、聞いたことのない国――ヴェルム王国の王都ヴィッツに、滑るようにして一瞬で移動していた。

その世界は、一日の長さは地球と大体同じくらいで、ひと月を三十日、一年を十二か月と数えた。季節もあり、無理をしなくても生命の維持ができるほどには、同じ自然環境だと言える。

人の暮らしは中世ヨーロッパ風であり、貴族社会を基本としている。映画や本で見たようなものも多いが、別の世界であることには間違いない。日本という国も和菓子もなかった。

恵は十八歳のときにその世界へトリップした。言葉は初めから理解して会話ができたが、文字を読み書きするためには学ばねばならなかった。

発音の加減で、メグミ、テツジ、サユリと名乗り、和菓子屋を営んで生計を立てた。

他にはないお菓子ということで、王都の中でも、華やかな中心部と荒れて貧しくなっている下町の間にある、緩衝材のような区域で店を営む。

無我夢中で三年が過ぎて、彼女は二十一歳になった。

和菓子の材料集めに奔走し続けた父親のテツジは、半年前に急死した。いまは母親のサユリと二人で店を切り盛りしている。

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