ラヴシークレットルーム Ⅲ お医者さんとの秘密な溺愛生活
Hiei's eye カルテ21:a sense of incongruity



【Hiei's eye カルテ21:a sense of incongruity】



久しぶりに午後12時半という時刻に昼休憩に入れたその日。
いつもよりも時間的に余裕があったおかげで、よく購入する無糖缶コーヒーではなく、売店の店頭に設置されたばかりの豆直挽きセルフコーヒーメーカーでカフェモカを作った。


煙草をやめてもう随分経つ
煙草の代わりに昼間はコーヒーを飲むことが増えた
こっそり仮眠をとるのはあの資料室だけど
ゆっくりとコーヒーを飲んで頭を空っぽにするのは
いつもの屋上


この日もとにかくバタバタした午前中の自分の頭を空っぽにしようと屋上でひと休みすることにした。
そう決めたら即実行。
アイスカフェモカに浮かんでいる氷のガラガラ揺れる音に気をとられながら屋上へ繋がる階段を昇った。


『コレもとうとう取り替えたんだな・・・』


新調されたらしい屋上エリアの入口ドア
ついこの間まではドア表面だけでなく蝶番までも錆びついていて、開閉するとギイイイイと鈍い音を立てていたそれ

俺の過去の記憶の中にこびりついているそのドアの存在

伶菜の父親であり、俺の育ての親でもあった高梨拓志という人をが過労で倒れ命を失った場所
祐希を妊娠したばかりの伶菜が自分を失おうとした場所

想い出すと心に影が射す・・・そんな場所だが
俺はいまだにここに足を運ぶことを止めない

自分の思い込みかもしれないけれど
真っ青な空を見上げると
大切な何かを掴める・・・そんな気がするからだ

だから今日も足を運んだ。
ドアが新調されていたことに気がついていたはずなのに
いつもの調子でドアノブを引いてしまった。


『何やってるんだか・・・俺は・・・』


左手に持ったままのアイスカフェモカはこぼさずに済んだものの
ドアノブを引いた右手が空を切るような違和感を覚え苦笑いをこぼした。



何かが変わりそうな時の違和感を
なんとなく感じたせいだと思う。


ドアの先に広がる青空。

そんなに簡単に変わる筈のないそれまでも
この日はいつもとは違うように見えた。


『伶菜?』


広い屋上でうっすらと確認できた彼女の姿。
ベンチに腰掛けていて、その横には昼食らしきものが置かれているように見えたが、それに手を伸ばしてはいないようだった。


「ナオフミさん、今日は昼休憩、ちゃんと取れるんですね♪」


穏やかに笑う彼女はいつもの笑顔。
でも、いつもと同じなのはそれだけで、
明らかに顔色は悪かった。


『昼飯、もう食べた?』

そう言いながら、彼女の弁当箱を確認すると
蓋が開いていたものの、手がつけられていない。

しかも、彼女が俺に作って医局に届けてくれておいた弁当の中身とは異なるそれ。
ミニトマトとロールパンとオレンジ。
和食が好きな彼女のものとは思えないものだった。


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