この街のどこかで

忘れたくない恋のこと


手を伸ばすことはできても、手を掴むことができない人。
可知祐真という人は、そういう人だ。
だけど何も、今掴んでいるものまで離す必要なんてないのに。

「馬鹿な人だよね。祐真くんは」

一部始終を見ていた豆太に話しかける。

豆太は首を傾げてただ私にすり寄ってくる。
頭をきゅっと押し付けてくるのは豆太の優しさなのか、それともただ甘えているだけなのか。

「君の飼い主は私のことをどう思っているんだろうね」

頭を撫でてやると、『キャン!』と高い声で答えにならない返事をくれた。

合鍵を持たない私が、家主がいないこの状況で外に出るわけにも行かずさっき自分で投げたクッションを拾ってソファに腰掛けた。
というのは、言い訳だ。
本当はテーブルに鍵が置いてあるのを知っている。
クッションを拾いに行くときに気が付いた。
鍵を掛けて外のポストにでも入れて出ていってしまえば問題はない。
だけどそうしてしまえばきっと彼はまた静かに傷ついて、心を閉ざしていくのだろう。
面倒くさい男だ。
けれど私も大概、面倒くさい女だ。
クッションを抱えて顔を埋めると柔らかな弾力に包まれて溜め息がこぼれた。

「ばーか。……ほんと、馬鹿だよ。私も、祐真くんも」

足元でくるりと丸くなっている豆太の温もりが優しい。

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