結婚するには乗り越えなくてはいけない壁があるようです
久しぶりにゆっくり眠れて頭がスッキリしている。

仕事も効率よく終わり、いつもと同じ時間に仕事を終えることが出来た。


「さ。帰りましょ」


遅番の香山さんと更衣室に向かう。


ガチャ


ロッカーを開けてすぐにカバンの中からスマートフォンを取り出し、メールの確認をするのは癖のようなものだ。

尚さんに連絡することを決めていることもある。

8割の確率でメールは来ていないのに…って珍しい。

今日はメールが届いている。


「誰だろう…って、あっ!」


私の大きな声に更衣室にいたスタッフの目が一斉に集まった。


「すみません」


平謝りし、またスマートフォンの画面に目を向けると、尚さんからメールが届いていた。


「『仕事が終わったらすぐに電話してくれ。嶋津』?」


パッとスマートフォンの画面を胸元に当てて隠すも、時すでに遅し。

刑事にでもなったかのように鋭い視線の香山さんが私の顔を覗き込んでいた。


「恋人からのメールにそんなに驚くなんて。トラブル中?」


見られてしまったなら仕方ない。


「ここ最近、連絡取ってなかったので」

「それなら早く連絡したら?検査室にはもう誰もいないから、話をするにはちょうどいいでしょ」


私的なことを職場で話すのはどうだろう、と躊躇う私の背中を香山さんが叩いた。


「こういうのはタイミング逃したらダメよ。なんでもすぐ行動。あとで後悔しないように」


香山さんの強い口調に、過去に同じような経験があったのだろうか、とふと思った。


「ほら。行った、行った」


香山さんにロッカーの扉を閉められてしまったので、着替えるのをやめて、スマートフォン片手に誰もいない検査室に戻り、尚さんの番号を押した。


『プルルルル』


尚さんに電話するのは初めてではない。

でも久しぶりで緊張する。


「はい」


尚さんが出ると分かっていながらも、声を聞いて一瞬、躊躇してしまった。


「杏?」

「あ。お、お疲れさまです。松島です」


絞り出すように名乗った私に対して、尚さんの声はいつもと変わらない。


「お疲れ。今どこだ?時間的にまだ院内か?」

「はい。検査室から電話しています」


プライベートな電話を職場でするというのは妙に落ち着かない。

誰かに聞かれでもしないかとソワソワ辺りを見回していると、尚さんが言った。


「検査室から、ということはひとりだよな。よし。そこで待ってろ。すぐ行くから」

「え?待ってください。尚さん。まだ出張中ですよね?もしかして帰って来ているんですか?」

「今日の午後帰って来た。これから当直だから院内にいる」


休むまもなく当直とは、なかなかハードなスケジュールだ。


「それなら私が医局に行きます」


急患が来たとき、尚さんが検査室にいると分かったら、確実に私と会っていると思われる。

逆も然りだけど、私が会いに行っている、という体の方が尚さんには良いだろう。


「ほかの先生たちが帰ったらメールもらえますか?」

「分かった。少しでも顔を見たいから。医局まで来てくれ」


聞くだけで恥ずかしくなるような台詞を吐いた尚さんだけど、周りに医師はいないのだろうかと心配になる。

でもいなかったのだろう。

[帰った]というメールはすぐに届いた。


 
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