課長の瞳で凍死します ~羽村の受難~
「でも、ユズリハがありますよ。
 私、小さいとき、方向音痴だったので、いつもおうちの庭の入り口にある大きなユズリハを目印に帰っていたので、間違いありません」

「今も方向音痴だよっ。
 そこは公園っ。

 家は何処っ!?」

「大きなユズリハのあるおうちです。
 お父さんが植えてくれたんです。

 私が産まれたときに。

 だから、ユズリハがあるおうちが私のおうちです」
と言うと、羽村は黙った。

「お父さん、絶対、いつか帰ってくるから、私はあのおうちに居るんです。

 お母さんがもし、おじさんと結婚して、おうち、出てっても、私はあそこで、お父さんを待ちます。

 お父さん会社潰しちゃって。

 お母さんの方のおじいちゃんに借金返してもらって、ある日、居なくなっちゃったったけど。

 でも、絶対――」

「はいはい、わかったわかった」
と遮るように羽村は言うと、溜息をつき、

「もう、しょうがない子だねえ」
と言って、目の前にしゃがむ。
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