幼な妻だって一生懸命なんです!

小学生の頃「Sweet Time Tea」に初めて訪れた。
都内でもあの京都と同じようなお店ができたからと母と私と弟を連れて行ってくれた。

それから祖母と茶葉を買いに来たり、高校生になるとティールームでお茶したりとしていくうちに私も紅茶とこのお店が大好きになっていた。

就職先を決めるきっかけは祖母だったけれど、いつかはイギリスに紅茶の勉強で留学したいと夢を見るようになった。

紅茶の勉強と一言で言うと「何?」と言われてしまうけれど、お作法、紅茶に合うお菓子選び、茶葉の特性を本場の国で学びたいのだ。

それを面接の時に正直に話したら、その時期が来たら休職にして留学しても良いとの条件で採用してくれた。

その時、周囲には出来すぎた話じゃないかと半信半疑に取られたが、店長をはじめ、人事部にも私がいずれ留学すると言うことは有名な話だ。

就職して一年、そろそろ本格的に留学に向けて準備を始めている。
その話で時折、進捗を店長に話をしているので、今朝、呼ばれたのも留学の件だとばかり思っていた。

開店準備をほぼ終わらせ、店長の元へと向かった。

「店長、お待たせしました」

年の頃はバーのマスターと同じくらいだろうか。
二人とも接客業で人前に出ているせいか、見た目は若い。
黒服に腰から下げたエプロンがソムリエを想像させる姿は、女性客に人気がある。

「準備は終わった?」

厳しいところもあるが、話し方も気さくで話しやすい。

「はい」

「ちょっと相談なんだけど、瀬戸さんに異動の打診が来たんだ」

「えっ?!」

てっきり留学の準備報告かと思っていたので、想像もしなかった異動の話に驚きを隠せなかった。

「嫌です。このお店で働きたくてここに就職したんです」

即答できるほど、困ってしまう。

「だよね、僕も君がいなくなるのはちょっと困る」

「決定じゃないんです、か?」

「うん、人事部も君の事情は知ってるからね、でも君を欲しいと希望している部署があって」

「私を?紅茶以外の販売は、ちょっと…」

「わかってる、わかってる。それに部署は販売じゃなくて…ま、人事もわかってるから。一応、君の意見を聞いておいてと言われていてね。断っておくから、気にしないで」


「お願いします」

店長は「人事に話しておくね」と店内用のスマホを片手にバッグヤードに行ってしまった。


「気にしないでって言われても、昨日から何なの!」

朝から衝撃的な話が来て呆然と店長の後ろ姿を目で追っていると、いつのまにか菜々子さんが後ろに立っていた。

「だからあいつが関わるとロクなことがないんだよ」

「あいつって…もしかして」

「長瀬」

「やっぱり…でも何で長瀬さんが人事に関わってるんですか?」

何が何だか頭が混乱している中、菜々子さんが「ご愁傷様」と呟くと同時に、開店の合図が店内に響いた。
私はモヤモヤしたまま、この日、仕事をする羽目になった。



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