夫婦はじめ~契約結婚ですが、冷徹社長に溺愛されました~
「分かった。あんまりお母さんも思い詰めないでね。お父さんにもそう言っておいて」
「ありがとう、なーちゃん……」
「なんとかしてみせるから。元気出して」

 母を勇気付けてから電話を切る。
 タクシーの中から、通り過ぎていく夜景をぼんやり見つめた。

(一億……。半分でも五千万か……)

 このままでは責任を感じた父が最悪の選択を取りかねない。
 私もこれからのことを考えなければならなかった。

(副業……は部長に相談してみよう。土日も何か仕事を入れて……。でも、それだけじゃきっと足りない……)

 タクシーが赤信号で止まる。
 ふと、酔った部長の言葉がよみがえった。

 ――社長が秘書を募集するつもりらしいよ。僕より給料が多いとかなんとか。

(部長より給料が多い……)

 一筋の光明が見えた気がして、どくんと心臓が跳ねる。

(……秘書検定なら一応大学の時に取った。部長から本社の社員に口利きしてもらえば、面接くらいには通してもらえるんじゃないの?)

 幸い、今日のことで部長にはお願いをしやすくなっている。
 利用するようで申し訳ない気持ちもないではなかったけれど、実家のことを考えると手段など選んでいられない。

(何もしないでいるよりはまだチャンスがありそう。……やるしかない)

 万に一つの可能性を信じ、無意識に手を握り締める。
 夜景に紛れて見えない星空へ奇跡を祈った。
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