夫婦はじめ~契約結婚ですが、冷徹社長に溺愛されました~
 一歩踏み出して深呼吸しておく。
 あんなに観葉植物があった受付フロアとは違い、ここは近未来的で簡素だった。
 無機質、とさえ言える。

(誰か案内がいるのかと思ったけど……勝手に進んでいいのかな)

 恐る恐る廊下を歩いてみる。
 そして、突き当たりの扉をノックしてみた。
 一秒、二秒、三秒、と時間が過ぎていく。

(…………あれ?)

 少し悩んでもう一度ノックする。
 今度は先ほどよりも強めに叩いてみた。

「何だ」

 どこかで聞いたような声が、中から響く。

「本日、十五時から面接の袖川奈子です。こちらへ向かうよう伺ったのですが――」

 言い切る前に扉が開いた。
 私を見下ろすその人を見て絶句する。

「あなた、は……」

 初めて会った時と同じ威圧感。
 まるで冷たい鉄のようだと思った雰囲気は今も健在で、むしろ研ぎ澄まされているように見える。
 触れれば手が切れてしまうのではないかと思われるような空気を感じながら、ついじっと見つめてしまった。

(どうしてこの人が社長室に……?)

「そういえば秘書がどうのこうの言っていたな。お前がそれか」
「……事情は存じ上げませんが、面接のお約束はさせていただいております」

 本能がエレベーターに駆け込んで一階のボタンを連打しろと叫んでいる。
 心まで見透かすような視線は、見つめるというよりも確認しているという方が近い。

「それで、あの、面接は……」
「秘書の仕事はできるんだな」
「はい」
「だったらちょうどいい、合格だ。ついでに俺の妻になれ」
「…………はい?」

 何を言われたのか、一瞬どころか数秒経っても理解できなかった。

(……妻?)
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