夫婦はじめ~契約結婚ですが、冷徹社長に溺愛されました~
 事態を理解できたのも束の間、頬にキスされた。

「っ……!」
「新妻らしい、いい反応だな」

 初めて倉内さんがまともに笑った所を見てしまった。
 不意打ちだったのと距離が近いせいで、一気に心臓が跳ね上がる。

(せめて、もうちょっと心の準備――!)

 倉内さんはもう一回だけ私の頬をついばむと、何事もなかったように離れていく。

「帰ったら引っ越しの準備だ。いいな」
「……はい」

 見せつけるだけの味気ないキスなのに、触れられた場所が熱くて胸がざわつく。
 あの笑顔も心臓に悪すぎた。

(……今まで男の人にこんなことされた経験――)

 考えて、自分で気付く。

(私、普通にやり取りできてる)

 あまり接したことのないはずの倉内さんと、他の人と同じように会話し、触れることができている。
 逃げたいとも思わず、逃げなければと思うこともなかった。
 初対面の印象が悪くなかったからかもしれない。

(もしかして、男性不信も克服できる……?)

 離婚するまで、あと一年。
 お互いに割り切っている以上、困ったことにはならないだろう。

 ――と、思っていた。
< 33 / 169 >

この作品をシェア

pagetop