夫婦はじめ~契約結婚ですが、冷徹社長に溺愛されました~
 これが恋愛結婚なのではないかと、私でさえ錯覚しそうになった。
 背を向けてしまった倉内さんに申し訳なさを感じながら、私も枕のこちら側に身を寄せる。
 一連のことを忘れて眠ろうとしたけれど、身体に残った熱がそれを許してくれない。

「……あの」

 広い背中に向かって声をかける。
 枕の向こう側で倉内さんが動く気配がした。
 でも、私の方を見ることはない。

「何だ」
「夫婦として……いろいろ慣れなくちゃいけないんですよね」
「ああ」
「じゃあ、手でも繋いで寝た方がいいんでしょうか」

 半分本気で、半分冗談で聞いてみる。

「……これだけされた後に、よくそんなことが言えるな」
「だけど避け続けるわけにはいかないです」
「避けてもいいと言ったら?」

 試すような言い方だった。私の反応を窺っているかのような。

「……夫婦なら、そうするべきではないと思っています」

 私が思う限りのことを伝える。

「ちょっとびっくりしましたけど……倉内さんのことを知りたいと思う気持ちは変わりません」
「夫婦として?」
「はい」

 倉内さんが寝返りを打つ。
 それを見て、私の方から作られた線を――枕をそっとどけた。
 倉内さんの感情を見せない瞳が、ほんの少し揺れる。

「先に夫の名前を呼ぶ所から始めた方がいいんじゃないか」

 そういえば、と声を上げるのと同時に手を握られる。
 私よりもずっと大きくて、ずっと熱い手だった。
 そのぬくもりと感触に鼓動が速くなっていく。
 冷めてほしかった熱がまた自分の中で大きくなるのを感じたけれど、気付かない振りをした。

「……春臣さん?」
「それでいい」
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