夫婦はじめ~契約結婚ですが、冷徹社長に溺愛されました~
 春臣さんの顔を間近で見つめてから、少し苦い気持ちに満たされる。

(夫婦じゃなかったら、力になりたいって思っちゃいけない? ……そんなことはないと思う)

「私に何も言えることがないなら、こんな風にしてきませんよね」
「深い意味があるわけじゃない」

 そんなことはないと断言できる。
 この人は意味もなく触れてくるような人じゃない。

「じゃあ、何も言わなくていいです。……私にできることはありますか?」
「……ない」
「分かりました」

 言葉少なで頑なな夫を抱き締める。

「あなたのしたいようにしてください。大人しくしていますから」
「…………」

 本当に微かに、私を抱き締める腕の力が強くなった。
 その体温に胸は騒ぐ。騒ぐけれど、それ以上に心配する気持ちが大きい。

(急にどうしたんだろう。仕事は順調だったと思うけど……。時治さんと何かあったとか?)

 一瞬ためらって、春臣さんの頭を撫でてみる。
 驚いた気配は感じたけれど、拒まれることはなかった。

(自分のことを表に出すのは得意じゃないみたいだし、いろいろ抱えてるんだろうな)

「今日、進さんと一緒にお昼を食べるのはどうでしょう。話を聞いてくれると思いますよ」
「お前がいい」
「……え?」
「海理はうるさいからな」
「……心配してくれてるだけだと思います」
「過保護すぎるんだ」

 それだけ言ってまた黙り込んでしまう。
 やがて春臣さんは顔を上げて、私から離れた。

「こういう時は踏み込んでこないんだな」
「ん? 私の話ですか?」
「他に誰がいるんだ」

 春臣さんのぬくもりが遠ざかると急に寒々しい。
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