夫婦はじめ~契約結婚ですが、冷徹社長に溺愛されました~
 嫌悪からではなく、この先のぬくもりを期待して。

「声も……聞かないで……」

 ふ、と笑う気配がした。
 顔を覆う手指の隙間から覗くと、困ったような笑みが見えてしまう。

「予想してなかったな」
「何がですか……?」
「思っていたより妻がかわいかった」
「……!」

 距離を縮められて鼻先にキスをされる。

「そんなに震えなくてもいいだろう。取って食うわけじゃない」

 軽く取られた手にもキスが落ちた。
 指先から第一関節へ、手の甲から手首へ。
 数えるのがバカバカしくなるほど、何度も。

「優しくすると言ったはずだ」

 その言葉通りの優しい眼差しに包み込まれる。
 どくん、と自分の中で大きく胸が高鳴った。

「身体の力を抜け。……悪いようにはしないから」

 冷たい人だと思っていた。
 なのに、まるで本物の夫のような目で私を見つめてくる。

(ここまでしなくてもいいのに……)

 震える身体を抱き締められ、髪を撫でられる。

(優しくしなくていいのに……)

 私たちは目的のために、いつか別れると決めて結婚した。
 人前で演技をする必要はあっても、二人だけの時にここまでする必要はない。
 もっとこの人のことを知りたいと思った。けれど、そういう意味ではなくて。

(――この結婚は、本当に正しかった?)

 再び与えられる甘いキスに溺れながら他人事のように考える。
 どうしてこんなことになってしまったのか?
 私と倉内さんが結婚することになった理由は、今より少し前のこと――。
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