こんなにも愛しているのに〜それから
芳絵と則文

深野芳絵の想い

私はあの日、
なぜ、
三谷くんを使ってまでも
西澤くんを呼び出したのか。

初めは
林田くんから
’樹と三谷が会社を辞めるって。
どんなに頼んでも、これ以上はここでは
働けないって言われて。
多分、
俺が戻んなきゃいけなくなるのかな。
日本に今更帰りたくないんだけど。’
と言う
いつもながらの責任感の全くない話で
二人の退職を知った。

私は結婚してから
義父に懇願されて
傾きかけた会社の立て直しに着手し、
自分の専門分野のスペック化を図り
無我夢中の10年間を過ごして
何とか会社を起動に乗せ
ここからトップとしての
本格的な断捨離、
つまり
同族経営の負たる根源である
叔父たちの
引退を勧告しようとしている
矢先のことだった。
ここに
この二人が来てくれたら
百人力だ。

新しい仕事を目の前にして
高揚感に満ち溢れていた。

私の頭の中には
二人を迎え
林田くんを名前だけの社外常務に
据えて、
などと
戦略を練っていた。
二人に話もしないで
二人の返事も聞かないで。
あの時の私の頭の中には
’NO!'
という言葉さえ浮かばなかった。

「ヨシ、あまり突っ走ると大変だぞ。
父さんも言っていただろう、
最後のあの砦だけは、慎重にして欲しいと。
できれば
父さんが引退するときに
一緒に引導をを渡すくらいで
いいんじゃないかって。」

夫の則文(のりふみ)は、親族のことだからか
私の考えには賛成していない。

「あの人たちはあの人たちで人脈もあって
納得がいかない引退勧告には、
リスクが大きすぎると、僕も思うよ。

やっと、軌道に乗り始めてから、
少ししか経たないんだ。
もう少し、慎重にやろう。」

則文の慎重論には
いつもイライラとさせられる。

「則文。そこが則文のダメなところだと思う。
勢いに乗っているからこそ、
一気にやるべきだと思う。
親戚の情もあるかもしれないけど、
これはビジネスだよ。
会社をちゃんとさせて、もっと大きくして
子供に繋いでいくべきじゃない?

則文だって、
こんなに脆弱だった会社を継げと言われて
大変だったでしょう?」
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