Sランクの年下旦那様は如何でしょうか?
温かな朝が私たちを照らしている。高すぎるこの部屋までは鳥の声は聞こえてこないけれど、きっと下のほうで元気に鳴いていると思う。
「亜子ちゃん! そんな脳内ポエム詠んでいる場合じゃないよ。起きて!」
主寝室のドアの向こうから匠くんの声が飛んでくる。サイドボードに乗っている時計が七時を指し示し、ピピっと軽快に鳴った。
「う、ああああっ?!」
「ほら、準備出来ているから顔だけ洗って!」
「はあああいっ」
私の悲鳴に駆けつけたヒーローは、今日も絶好調に格好良い。 一週間のクルージング新婚旅行から帰ってきた私に、「ナメたらいけないと言ったでしょう?」と天野さんが小声で耳打ちをしてから二年が経とうとしていた。私はもう三十路間近だけれど、匠くんはピカピカのハタチ。この日を先送りにした理由はいろいろとあるけれど、それはまた今度話そうと思う。波乱万丈濃い二年間は山あり谷あり喧嘩あり。それでもこの日を迎えられたのは、根底にある好きという気持ち。
「あっちゃん!」
がちゃんと開けられた扉から、二歳になった長男夫婦の愛娘が覗く。
「愛! ごめん、お父さんにもう少しって伝えてくれる?」
「たーくん。ぱぱ、こわいかおしてた」
「ひいぃ!」
「亜子ちゃんは悲鳴上げてる場合でもないよ! 早く」
「なんで起こしてくれないのぉ」
「あんな可愛い寝顔、起こせるはずないでしょ!」
「そんな逆ギレあり?!」
「あり!」
どたばたと走り回る私と、底抜けに私に甘い匠くん。それを見た大谷家の家族の皆さんは、始め驚いてばかりだった。「あの真っ黒匠がこんな風になるなんて」と言ったのは、アメリカ帰りの司くんだったと思う。匠くんは色白なほうだと思うんだけれど、昔はそうではなかったみたい。
「いやあ、今日も楽しいね。愛」
「うん。まま」
玄関先で愛ちゃんの後ろから沙也加さんが顔を覗かせて笑った。沙也加さんはどんどん綺麗になっていく。それでも私の心はもう大丈夫。日々伝えられる愛の囁きは、私だけのものになったから。
「準備できた?」
「うん。ばっちり!」
親指と人差し指でオッケーの丸を作れば、匠くんは笑って同じポーズを返してくれる。
あのとき出会っていなかったら。もう少しと見つめる匠くんを断っていたら、私の未来はこんなに光り輝いていなかったはず。後悔のない未来にしたいと誓ったあの日の私の状況とは、百八十度違う方向に進んでいるけれど、今日改めて誓う。
私はどうしようもなく匠くんが好き。
こんな極上の旦那様を皆にお披露目する。今日は私たちの結婚式だ。
「行こう」
「うん」
私たちの甘い生活はまだまだこれから。
【Sランクの年下旦那様は如何でしょうか?】ー完結ー