夜空に君という名のスピカを探して。
「楓がいなければ、俺は一生父さんと向きあうことはなかったんだぞ。ずっと心に嘘をつき続けて、望んでもいない未来を迎えてたと思う。だからお前は、俺のヒーローなんだよ」

『っ……大げさだなぁ』


 本当は嬉しかったくせに、素直に喜ぶのは恥ずかしくて冗談っぽいノリで返す。

いつもは剣豪のように辛辣な言葉でバッサバッサと私を切るのに、急に素直になるのはやめてほしい。

いつの時代もギャップというものに、女子は弱いのである。


「楓がいてくれて、本当によかった」


 まるで中にいる私の存在を感じるように、胸に手を当てて彼は言う。

 いつも自分の心から必死に目をそらして生きてきた宙くんが、やっと欲しいものを手に入れられて、心のままに生きる道を歩み始めた。


「本気でそう思ってる。楓、ありがとう」


 ──ありがとう。

 そのひと言に、心が満たされていく不思議な感覚。私は君が君らしく生きてくれることに、こんなにも幸せを感じている。

 あぁ、私はもしかして……。

 ある予感が頭を掠める。楓と呼ばれるたびに心臓が信じられないほど脈打つのも、前田さんと宙くんが仲良くしているのに胸がモヤモヤしたのも、ぜんぶ──。

 私が、宙くんを好きだからだ。

 心の中で言葉にしたら、彼に対する自分の気持ちがより鮮明に分かった。

 生まれてこのかた、誰かを好きになったことはなかった。

初恋が幽霊になってからとは、なんとも切ない。

私が死人である以上、百パーセント、十割がた、報われない恋だということは分っている。

辛いだけなのにそれでも好きだと自覚すると、まるでパンドラの箱を開けてしまったかのように後戻り出来ないほどの想いが溢れてきた。

 その嬉しさと苦しさに、心で泣いた。

そんな私のことなどお構いなしに、夜はゆっくりと、でも確実に更けていくのだ。
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