If・・・~もしもあの時死んでいたら~

林田くんしっかりして

 日曜日。
 二十歳になって二日目の朝。
 ゆうべ泣いたせいで、目が腫れていた。
 
 純平さんを怒らせてしまった。
 わたし達、もうダメになるのかな。

 そうだ。
 昨日の箱……

 夕べ泣き過ぎて開けるのを忘れていた。
 何だろう。

 綺麗な包みを開けると、中からネックレスが出て来た。
 リングに合わせてくれたのか、ハートをモチーフにした可愛いデザインだった。
 わたしが林田くんの部屋にいなかったら、きっと彼はわたしの部屋をノックして、優しい笑顔で現れて、ぎゅっとわたしを抱きしめてくれた。
 そして、この誕生日プレゼントを渡してくれたんだね。
 お礼も言ってない。
 せっかく来てくれたのに、笑顔を見せる事も出来なかった。
 夕べの事を後悔した。
 やっぱり甘かったのかな、わたし。
 再び涙が溢れてきた。

 布団の脇に丸めたままの服に目がいった。
 広げてみると、胸元に血が付いている。
 夕べ林田くんを守ろうと抱きしめた時に付いた彼の血だ。

 林田くん、もう起きたかな?
 純平さんに殴られたところ、あざになったりしてないかな。
 
 着替えを済ませ、隣のドアをノックする。
 うん?
 まだ寝てるの?
 ドアに耳を当ててみたけど、何の音も聞こえなかった。

 まだ寝てるんだね、きっと。

 そのまま部屋に戻り、服をもみ洗いした。
 血液は取れにくかったが、乾いたら見えなくなると思う。
 花柄のブラウスだった事も功を奏した。
 淡色の無地だったら捨てないといけなかったかも。

 お昼は、そうめんにしよう。
 一人だと、つい簡単なものになってしまう。
 そう思って鍋に水を張ったところだった。

 トントン

「はい」

 開けると、鶴田さんが立っていた。

「おはよう、ってもう昼だね」
「そうだね。夕べはぐっすり眠れた?」
「まあね。それより、夕べ部屋に戻ってしばらくして、何か揉めて無かった?」
「……ああ、実は」

 鶴田さんに夕べの事を話す。

「そうだったの。林田くんがあなたを自分の部屋にねぇ」
「ねえ、やっぱりそういうの、お持ち帰りって言うのかな? 純平さんが来てくれなかったら、わたし危なかったのかな?」
「どうだろ。でも、林田くんがあなたに好意を持ってるんなら、有り得なくはないかな。まあ、あなたが拒絶すれば、無理にって事も無いかもしれないけど」

 そうだよね。
 林田くんは無理矢理どうこうする人じゃないよね。

「鶴田さん、お昼食べた?」
「まだだけど?」
「今からおそうめん作るの。一緒にどう?」
「いいの?」
「うん」

 わたしは、二人分のそうめんを用意した。

「それにしても隣、静かね」
「さっきノックしたけどまだ寝てるみたいだった」
「ねえ、ご飯食べたらショッピングに行かない?」
「いいわね」

 出掛ける準備をして部屋を出た。
 そこで林田くんの事が気になった。
 まさか、夕べ殴られどころが悪くて、死んじゃったなんて事は無いよね?
 不安が過ぎる。

「ねえ、鶴田さん。一緒に林田くんの所に行ってもらえる?」
「いいけど」

 二人でドアの前に立つ。
 そしてもう一度ノック。
 やはり返事が無い。

「林田くん、いないの?」

 おかしい。
 ドアに手を掛けた。
 ガチャッ

「開いてる」
「ホントだ」

 恐る恐るドアを開けた。

「林田くん?」

 彼が寝ていた。
 枕元に薬の瓶。
 えっ?
 これってまさか。

 慌てて瓶を拾い上げる。
 
 中身が全て無くなっていた。

「林田くん! 目を開けて!」

 揺さぶっても起きない。
 息はしている。

「鶴田さん、救急車、救急車呼んで!」
「わ、わかった!」

 
 救急車に乗ったのは初めてだった。
 林田くん、死なないで。

「う……ん」
「林田くん?」

 ゆっくりと目が開いた。

「清美ちゃん……」
「良かった、気が付いたのね」
「ここは?」
「救急車の中よ」
「救急車? 何で?」
「何でって、林田くんが睡眠薬を大量に飲んじゃったからよ」
「大量って、俺、決まった量しか飲んでないけど?」
「えっ? だって、全部無くなってたよ」
「俺、寝られない事が多くてさ、時々飲んでたんだ。で、たまたま夕べ飲み切っただけだよ。椎名さんから殴られただろ? 口の周りがズキズキして眠れなかったんだよ」
「えっ? 死のうとしたんじゃないの?」
「死ぬ? 俺が? どうして?」
「どうしてって……」

 そう言えば、死ぬほどの事は起きてないよね。

「まさか俺が、失恋したショックで死のうとしたとか?」
「いやいや、そのくらいで死なないでしょ」
「そのくらい……か。これでもけっこう凹んでるんだけど」
「ごめんなさい」
「でもまあ、確かに死ぬほどの事じゃないさ」
 
 そう言って明るく笑う林田くん。
 さて、どうしよう。
 とにかく口の怪我の事もあったので、病院には行く事にした。
 救急車ななんか呼んじゃってごめんなさい。

 市内の大きな総合病院に運ばれた。
 鶴田さんも心配してるだろうと、状況と運ばれた病院を知らせておいた。

「はい。いいですよ。骨に異常はありません。一週間もすれば治るでしょう」
「ありがとうございました」

 帰りは林田くんもすっかり目が覚めたようで、二人で歩いて外に出た。

「恥ずかしかったな」
「だって、林田くん全然起きないんだもん」
「いやー全然わかんなかった」
「あれじゃ、火事になったら逃げ遅れちゃうよ」
「そうだな」
「でも良かった」
「夕べはごめんな。椎名さん、帰ったの?」
「うん。自分でもよくわからないんだけど、一緒にいたくないって思っちゃって、帰ってって言っちゃった。でもね、後悔してる。せっかく来てくれたのに、悪い事しちゃった」

「本当に後悔してる?」
「えっ?」

 その声が聞こえた方に目をやると、車にもたれて腕組みをしている純平さんの姿があった。

「純平さん」
「椎名さん……」
「乗れよ。寮まで送る」

 わたしは助手席、林田くんは後部座席に座った。

「帰らなかったの?」
「おっ、早速つけてくれたんだ」
「あ、ああこれ」

 首元のネックレスに手を触れた。

「似合うよ」
「ありがとう」
「二十歳の誕生日、おめでとう」
「ありがとう」

「林田、夕べは悪かった」
「いえ、悪いのは自分の方です」
「でもまあ、自分の彼女が違う男の布団に寝てるとこなんか見たら、誰だって逆上するだろ?」
「わかります。俺だってそうなると思います」
「だから、許せ」

 良かった。
 仲直り出来て。

「しかしあれですよね~。清美ちゃんの胸に包まれた時、気持ち良かったな~」
「お前なー」
 
 わー、林田くん、何で逆撫でするような事、言うかな~

「お前、相変わらずだな。清美が心配してたんだ。お前が元気が無いって。だけどもう、いつものお前に戻ったみたいだな」
「はい。椎名さん、清美ちゃんと末永くお幸せに」
「お前に言われなくてもそうするさ。てか、清美ちゃんって気安く呼ぶな」
「いいじゃないですか~清美ちゃんは清美ちゃんなんだから」
「……ったく」

 その夜、鶴田さんも交えて四人で食事して、純平さんはわたしの部屋に泊まる事になった。

「いいの?」
「何が?」
「今日帰らなくても」
「部長に言って来た。月曜日は鹿児島支店の会議に参加しますって」
「今までそんなの参加した事無いじゃない」
「これからは年に何回か来ないといけなくなるんだ。俺、来月課長になるからね」
「えっ! すご~い」

 総務部の課長さんか。
 えらい人になるんだね。
 何だか、ちょっと遠くに行った気がする。
 そんな人の彼女でいてもいいのかな。

「さてと、それじゃ先に風呂入るよ」
「うん」

 あいにくというか、都合が良いというか、ここにはシングルの布団が一つしか無い。
 一緒に寝るしかないんだな。
 十月にならないと会えないと思っていたから凄く嬉しい。

「お先」
「うん。それじゃ、わたしも入って来るね」
「おお」

 寮には各部屋に小さいながらもお風呂が付いている。
 共同浴場かと思っていたので嬉しい。
 それに、小さなキッチンもあり、プライベート空間が確保されていた。
 自宅から通勤している人も多く、寮には空き部屋もいくつかあるようだ。
 わたしみたいに短期で住む社員にも貸してもらえるのが有難い。

 バスタオル姿で部屋に戻る。
 純平さんも同じくバスタオルを腰に巻いたままだった。

「布団、敷いてくれたんだ」
「いつもベッドだから、布団で寝られるかな。でも、清美と一緒だから安心して寝られそうだよ。おいで」

 布団に入った。
 すぐに純平さんが横にくっついて来る。

「会いたかった」
「わたしも」

 優しいキス。
 それだけで体が熱くなった。
 バスタオルをほどかれ、あらわになった胸の先を口に含まれる。

「あっ……」

 思わず声が漏れる。
 ここは寮。
 すぐ隣には林田くんと鶴田さんがいる。

「純平さん、ダメ」
「ダメ?」
「だって、気持ちいい事されたら、声が出ちゃう」
「いいんじゃない?」
「ダメよ。隣に聞こえちゃう」

 それでも止めてくれない純平さん。
 理性がどこまで持ちこたえられるのか。
 感じながらも必死に声を押し殺した。
 それがわかっているはずなのに、彼は激しくわたしを抱いた。

 快楽に酔いしれる。
 必死に声を押し殺す。

「純平さん、意地悪」

 いたずらっぽく笑う彼。
 今日のは絶対わざとでしょ。
 今までの中で一番荒々しく、わたしを頂点に導いた。
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