残念な上司に愛の恐竜料理を!

9皿目


 乾いた銃声がジュラ紀の森にこだまし、嘘のような静寂が訪れた。
 ライフルの肉厚な銃身に噛み付いたディノニクスは前歯が折れ、そのまま口腔内にゼロ距離で銃弾を発射されたのだ。
 喉元から後頭部にかけてライフル弾が貫通した直後、凶暴な肉食恐竜は全身の力を失って、アレクセイの上にドサッと倒れた。

「ぐえっ!」

 自分より重いディノニクスの下敷きになったアレクセイは、身動きが取れず息も絶え絶えだ。松上はライフル銃のボルトをオープンさせて空薬莢を捨てると同時に回収した。『アチチッ!』……そして怪物が即死した事を確認すると、大きく深呼吸した後に胸をゆっくりと撫で下ろしたのだ。

「どうだ、これが道具と武器を使いこなすホモ・サピエンスの力だ」

「きゃあ――! 松上さん!」

 セラミックと吉田真美は縛られたまま松上の元へと駆け寄った。

「あ~、ゴメンゴメン。ほったらかしにしたままだったね。すぐに縄を解いてあげるよ」

 自由になったメンバーは、銃と通信機をアレクセイから取り戻すと皆、憤怒の表情で腕組みし足元に睨み付けた。

「アレクセイ! 君が保護を訴える恐竜にマジで食い殺されかけたね。やっぱり奴らは恩知らず……いや、人間様の手前勝手な主義主張なぞ、ジュラ紀の世界に君臨し地球を支配する最強生物には全く関係がないって事なのさ」

「アンタ、まだ腕が胴体に繋がっていて良かったじゃない。松上さんに感謝しな! まあ、腕が食い千切られるシーンなんて私は見たくもないけどね!」

「アレクセイさん、確かに恐竜を無闇に殺すのは良くないと思います。だから、私は命に感謝して美味しく食べてあげるのです……」

 最後のセラミックの言葉に、下敷きのアレクセイはハッとした。

「大人顔負けの恐竜料理を作る女学生がいると聞いたが、君の事ダッタのか。セラミック……」

 SOSを受診したαチームの救援隊が駆け付けてきた。助け出されて応急処置されたアレクセイは少し悲しそうに呟いたのだ。

「確かに命懸けで仲間を助けてくれるのは人間ダケか……」

「そうだよ! 当たり前の事じゃない」

 松上はニッコリした後、早速ディノニクスの解体に取り掛かった。連行されるアレクセイの事など最早、興味もないようだ。
 自分の目的だった研究用の脳神経はズタズタになってしまい彼を落胆させたが、他の肉は仲間の分け前となる。今回、恐竜の体内から未成熟の卵がゴロゴロと出てきてメンバーを驚かせた。

「くそっ……つがいの雌だったのか。産卵前でママは空腹に耐えられなかったんだな。道理で必死だった訳だ。う~ん、コイツは撃つ必要がなかったのに! アレクセイの奴、馬鹿なマネをしたもんだ」

 回収隊が到着する頃、すでにディノニクスは血抜きされ、胸肉・モモ肉・手羽先・ササミ・レバーなどに素早くバラされていた。臭いが他の肉食恐竜を誘き寄せるので、今回のようにαチームの援軍がなければ、危険な解体冷蔵処理はしないのだが。
 セラミックは今回の報酬としてクーラーボックス一杯の手羽先を貰った。むしるのが勿体ないほどの綺麗な羽毛付きである。
 
「ディノニクスは不味そうだから業界に安く卸されるかもしれないわね。それに危険手当も欲しいわ」

 真美さんは中生代エレベーター基地への帰還途中で松上に愚痴を漏らした。それでも高額報酬に変わりはないだろう。恐竜肉はジビエ・ヌーボー用食材としての需要が鰻登りで、その希少価値から世界中で純金並の価格で取引されているのだから。
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