残念な上司に愛の恐竜料理を!

13ポンド目


 松上晴人が言う通り、確かに崖上から人の声が聞こえてくるような気がする。2人は思わず大声を張り上げて助けを呼びたくなったが、トルヴォサウルスにすぐ見付かってしまうだろう。
 銃声で知らせる方法もあるが、何頭いるか分からない肉食恐竜をなるべく刺激したくない。残り少ない弾薬を使って闇雲に発砲しても、救援隊が本当に到着しているかどうかの保証はないのだ。

「よし、準備は整った。ドローンを今から飛ばすから、ガードを頼む、セラミック!」

「……OK! がんばって、松上さん!」

 松上は、シダやソテツの葉っぱを全身に巻き付けて偽装した。木に寄りかかりながら、ドローン搭載の小型軽量カメラから逐次送信されてくる映像をVRゴーグルで見ている。未だに位置は不明のままだ。
 ここにきて、不時着したドローンが離陸できない。木の枝や葉っぱがプロペラに絡まっているのかもしれない。もし4つのプロペラの内、1枚でも衝撃で折れていたら、バランスを崩してまともに飛び立たないだろう。

「お願いします! 飛んでください!」

 松上の神頼みにも似た言葉は、自然とコントローラーを操作する指を力ませる。
 絡み付くツル植物が犬のリードのようにドローンを引っ張り、最後まで上空への解放を拒む。
 モーターが限界まで唸り、4つあるローターの回転がMAX状態となる。
 振り子のごとく宙に揺れる虚しい映像が送られてくる中、このままでは、あっと言う間にバッテリーが上がってしまうだろう。

『……飛べ~!』

 思わずセラミックと松上が抱く心の声がシンクロし、爆発したように地表を伝わった。
 トルヴォサウルスが死肉を食らうのを中断し、振り向いた瞬間……ドローンが大空を舞ったのは偶然なのだろうか。
 
 好奇心旺盛な若い恐竜は、牙の隙間から臭い息を発しながら松上の方へと一直線に移動を始めた。

「それ以上は近寄らないで……松上さんには牙一本、触れさせない!」

 最終防衛ラインを突破すると同時に、窪みに隠れていたセラミックの89式小銃が火を噴いた。数十メートル先のトルヴォサウルスは、弾が貫通するとライオンのような鬣が鮮血に染まり、七転八倒してもがいた。
 もはや、なりふり構っていられなかった。希少種だの子供だの躊躇していては、あっと言う間に捕食されてしまうだろう。ここは完全なる弱肉強食の世界、中生代ジュラ紀の真っ只中なのだ。
 
 生き残りを掛けた2人は、妙に鮮明となった頭の中で思考する。
 人はいつから他の生物に対して上から目線となったのか……そんなの驕り高ぶりだ。
 数が少なくなった野生動物の保護・育成なんて罪滅ぼしのつもりだろうか。
 恐竜時代の圧倒的な生命力の前には、人類の英知も霞んでしまう。私達も、ここでは何と矮小な存在でしかないのだろうか……。



 白いドローンは曇りがちな空を滑らかに上昇し、徐々に高度を下げながら崖崩れの現場まで安定した飛行を見せた。崖上には救援隊と行動を共にしていた吉田真美が周囲を見回している。画面を通して遠距離から、不安げな中山健一の姿も捉えられた。

「……今、銃声がしなかった? 健一君」

「したした! 確かに聞こえたわよ! ほら! 1発だけじゃないわよ! ねえったら! 皆聞いて!」

 銃声が何発もこだまする中、ポニーテールの中山健一は、上空をホバリングする草まみれドローンのカメラと視線が合った。

「きゃあああああ! 彼は生きているわよ! 間違いないわ、早く助けに行かないと! 救援隊! 何してるの! ウチのリーダー……松上とセラミックを一刻も早く救助するのよ! 急いでよ、もう~~!!」
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