残念な上司に愛の恐竜料理を!

15ポンド目



「あと、3頭! ……いや、4頭! 更に数を増すか」

 セラミックに背を支えられている松上は、左右に分かれたトルヴォサウルスの先頭をターゲットにして射撃した。
 腹部の気嚢に命中した弾丸は、恐竜に気味の悪い声を発生させる。生意気にも奴らは哺乳類よりも効率がいい呼吸システムを持っており、鳥類と同様に低酸素状態でも平気で活動する事ができるのだ。

「くそ、何てしぶとい奴らだ! いい加減に諦めろ!」

 続けて2発を後続に放つが、腕を吹き飛ばしただけで致命傷には至らない。セラミックは目の前で繰り広げられている光景が、あまりにも非現実的すぎて映画のワンシーンのように思えた。

「おかしい……。銃で撃たれた事がないから、恐怖心がないみたい。音には敏感なはずなのに……」

「俺達がそんなに弱っちく見えるのかね?!」

 銃声には確かに怯むのだが、数頭が執念深く踏み留まった。尻尾を鞭のようにしならせながら、様子を伺うように旋回し、一定距離を保っているようだ。
 素早い動きに翻弄され、松上は徐々に狙いを外す。図体がデカい分、急所にでも命中させない限り、1発ではうまく倒せない。

「くそ! もうすぐ弾切れだ! 洞窟まで走れるか? セラミック!」

 そう言う松上自身が足を引き摺り、走れる状態でないのは明らかであった。
 肩を貸して走るセラミックがトルヴォサウルスを睨み付けた時、遠巻きにした包囲網が徐々に狭まってくる気配を感じた。松上の小銃が火を噴く度に目がくらみ、大音響に耳がつんとなる。

『ここまで2人で頑張ってきたのに……本当にくやしい』

 捕食対象として人間は、とても魅力的に映っているのだろうか。フサフサとした鬣を風に揺らせながら肉食恐竜の群れは威嚇音を発し、周囲をぐるぐると回る。その内の1頭が距離を詰めて、今にも飛び掛かってきそうな勢いだ。

「最後の1ッ発だ!」

 渾身の一撃は、惜しくもかわされた。思わず槍を握るセラミックの腕に力が入り、額から汗が一筋流れ落ちる。
 瀬戸際の緊張が最高潮に達しようとした正にその時、奇跡のような瞬間が訪れた。
 トルヴォサウルスは、赤子のような短い警戒音を発すると、我先にと文字通り尻尾を巻いて樹海に向かって退散し始めたのだ。

「一体、何が……起こった……?」

 松上が張り詰めた緊張の糸を緩めようとしたタイミングで、その答が現れた。細身の貴婦人のような美しい姿をした肉食恐竜が、樹海の木々の枝を器用に避けてヌッと2人の前に躍り出た。

「あれは……何?」

「……! 奴だ、今度はアロサウルスだぜ、セラミック……!」

 松上は呆けたように見とれると、しばし絶句した。もう運命に抗う術は殆ど残されてはいない。そんな無力な男女を嘲笑うかのごとく、アロサウルスは足元にばたつく瀕死のトルヴォサウルスにとどめを刺した。
 どうも生きている獲物にしか興味が湧かないらしい。周囲に散乱する鬣付き恐竜の血まみれ死骸は、臭いをすんすんと嗅ぐだけのようだ。

「参ったな……」

 弾倉が空となった小銃はとっくに捨ててしまった。松上は冷たい銃の代わりにセラミックを、まだ自由に動く方の腕で強く抱き締めた。

『君だけでも逃げろ』

 セラミックは僅かに両目を見開いた。言い尽くせない感情が綯い交ぜとなった彼の、囁くような心の声を確かに聞いた気がする。

「松上さん……」

 大きさを感じさせない脅威的な身のこなしでアロサウルスが迫り来る。さすがに雑魚恐竜とは比べ物にならないほどの絶望感だ。
 
 ――どこからか大口径の銃弾が多数降り注ぎ、地面を派手に掘り返す。爆発的な衝撃が空気を震わせると、さすがにジュラ紀最強の肉食恐竜も泡を食って跳ねた。

「松上さん! セラミック! 助けに来たわよ! まだ生きてるの~!?」

 聞き覚えのある声の主は、やはり中山健一だった。崖崩れの現場からザイルを使って降下中に射撃を敢行してきたのだ。
 彼が持つ、自慢の50口径の銃口からは、熱く白い煙がたなびく。

「受け取って、どっちでもイイから早く!」

 叫び声と共に急峻な崖から滑り落ちてきたのは、片手で連射可能な大型ショットガン(フランキ・スパス12)であった。
 セラミックがはっきり覚えているのは、自分でも信じられないスピードと力で重い散弾銃を松上に手渡した事。両耳を両手で塞ぎ、腰を曲げると自ら銃架の代わりとなった。

「うぉらああああァァ!」

 最後の力を振り絞った松上は、追いすがるアロサウルスに向けてシャワーのように全弾を浴びせかけた。数メートル先でバランスを失い、頭から崩れ落ちる恐竜に松上は何を感じたのか、涙を溢れさせる光景をセラミックは目の当たりにしたのだ。

「2人とも無事? 本当によかった! 皆心配してるわ!」

 地上に降りた中山健一が安堵の声を響かせる頃、凄惨な現場には死闘の跡に相応しい静寂が訪れた。



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