再びあなたを愛することが許されるのなら
第3章 白くなったキャンバスに再び思い出が描かれるように

第14話

◇白くなったキャンバスに再び思い出が描かれるように

月曜日。今、11時30分。
沙織さんとの約束の時間は12時30分ごろ。
学食が一番込み合う時間帯だ。
多分、その時間に来ても、みんなで座れる席に着くのは難しい。
良くて壁際のカウンター席ぐらいだろう。
望の席を確保するために僕は、1時間も前からこのボックスシートを一人占領している。
この大学の学食。昨年改装をして、おしゃれなカフェスタイルに変貌している。
僕が入学当時はこれぞ学食! といった感じで少しがたついたテーブルに、パイプ椅子。画鋲の刺しあとがいくつもみられる壁には、各部の募集のポスターなんかが張られていた。それが今やどこぞのレストランカフェの様におしゃれな雰囲気になってしまった。
僕としてはあの味のある感満載の、当時の学食の方が落ち着く。
一杯の珈琲を少しずつ飲みながら読んでいる本が「人間失格」であることに何となく違和感を持ちながらもこの席を確保していた。
さすがに昼近くになれば、我先にいい席をと、早めに来る学生の姿が多くなる。
相席を求められるかと思っていたが、よっぽど異様なオーラを振りまいていたのだろうか、誰一人として近寄る人はいなかった。

12時40分ごろ込み合う中、この席を一人で陣取っているのがつらくなってきたころに沙織さんたちはやってきた。
「すみません遅くなりました」と、あの公園で出会った時とは趣の違う雰囲気に見入ってしまっていた。
白のブラウスに淡い色合いの緑のスカーフが落ち着いた感じを印象つけていた。
イメージ的には、おとなしい高校生くらいのイメージが抜け切れないでいた僕は「やっぱり同学年くらいだったんだ」という事を再認識させた。

その隣には、教養学部で出会った美津那那月(みつななつき)の姿があった。
連絡通り、沙織さんは彼女と同行してきていた。
「亜崎君って言ったけ、席取っておいてくれたんだ。やるじゃん、ところでここの席取るのにどれくらい待っていたの?」
彼女の問に
「いやぁそんなんでも無いよ。たまたまだよ僕もそんなに早くは来ていなかったんだ。ちょうどこの席空いていたからよかったよ」
と、そのことを耳にする周りの学生から、何となく鋭い視線を感じているように思えるのは気のせいだろうか?
テーブルの上においてある読みかけの本を美津那那月が目にして
「さすが文学部。渋いの読んでるね」
人間失格……。そのタイトルだけを言われると、何となく自分のことを遠まわしに言われているような感じがする。
那月さんから女性の何だろう嫉妬感の様なものが感じられたが、そこはさらりと流すべきだと思いすぐにバックにその本をしまい込んだ。

「さぁてお腹すいたななぁ、今日のランチは? ハンバーグランチ! あ、私これ。ライス大盛りで行こうかな。沙織は何にする?」
「そうねぇ、軽めがいいかな。ミックスサンドにドリンクバー付きかな。亜崎さんはどうされます?」
「僕もハンバーグランチで行きます」
それじゃ、という事で、カフェのような雰囲気だが、システムはセルフスタイルだ。食券を買って、流れるようにトレーに器を載せていく。

「今日は僕がここ持ちますんで」というと。
「ラッキー」那月さんが喜ぶ姿を見て「ナッキ!」と彼女を少し戒めるように沙織さんは彼女のその反応を止めさせた。
「いいんですか? 亜崎さん気を使わなくてもいいのに」
「いいんです。無理を言っているのはこちらですからせめてものお礼です」
さっと券売機にお金を投入して「さ、どうぞ」と二人に進めた。
見た目とは違い沙織さんはかなりしっかりしているように思えた。那月さんの保護者の様な感じ? 保護者と言うよりはお母さん的な感じがするなぁ。
やっぱり見た目だけで判断してはいけないという事なんだろうかな。
とりあえずは持ち寄ったランチを頂くという事で、そのあと本題の小説の感想を伝えてもらう事にした。
ランチを食べながら僕はあえて那月さんに、沙織さんと本当に仲がいいですねと少し探りを入れるようなことを聞いた。
「そうねぇ、沙織とは高校の時からの付き合いだからね」
「二人とも高校は同じだったんですか?」
「そうだよ」
がっつりとハンバーグを大口で豪快に食べながら、彼女は答えた。

「そう、沙織とは高校の時から付き合い。ずっと一緒なんだ。大学も一緒で学部も。そのあとの進路……まぁ、教養学部だからね二人とも教師になることを目指しているんだ。もっとも専攻は違うけど、私は英語、沙織は国語。違うと言ったらそこの部分かな」
「沙織さんは国語の教師目指しているんだ。でも意外だったな、那月さんが英語の教師を目指しているなんて」

「そうぉ、私アーチェリー小学校の時からやっているんだ、中学の時夏休みにホームステイでアメリカに行ったことあってさ、その時に英語話せなくて悔しかったから、猛勉強したんだ。そうしたら意外といけるようになってから面白くなって、英語いかせる仕事に就きたかったんだ。それにアーチェリーもできるところもあれば最高。まぁ沙織も教師目指していたから、私もこの希望かなえられるとしたら教師かなぁって。それで英語の教師」
「ナッキそれじゃあなた私になんだか合わせたようじゃない」
「いいじゃん。赴任先の高校も同じ学校だったら、もう私何も言うことないんだけどな」
「まったく!」ふぅ、と沙織さんはあきれたように言う。

「それよりさ、そろそろ本題に入ったら」
「そうね」
沙織さんは自分の肩掛けのバックから僕が渡した原稿の束を取り出した。
「はい亜崎さんまずは原稿お返しします」
沙織さんから受け取った原稿を広げると、いたるところに赤ペンでいろんなことがいっぱい書かれていた。
それを見て僕は一言
「まるで赤ペン修正の先生のようですね」
「そんなつもりはないんですけど、ただ読んでいて感じたこと、書いていったんです」
そう言いながらも彼女の顔が赤くなった。怒っているんじゃなくて、照れているんだという事がよくわかる。本当に素直というかストレートに顔に出るんだと思った。

その原稿を一枚一枚めくりながら目にしていく。
「この物語ってファンタジー系の恋愛ものですよね。亜崎さんが文芸部のサイトに投稿している小説とちょっと雰囲気が違うんですけど、どうしてこれ載せなかったんですか?」
「雰囲気が違うかぁ。実はこれ、ある出版社の公募に出そうと思って書いたんです。でも書いているうちに、何となく違うのかなって思うようになって、何がそう思わせているのかがわからないまま、ずっと直しきれないでいたんです」

「やっぱり。何となくそんな感じが伝わってきました。それにまだ物語続いていますよね、まだ未完成という事ですね」
「そうです。まだ未完成です。できればこの後もっと深く物語の展開を落とし込みたいんですけど、アイデアというかなんというか簡単に言えば詰まちゃったんだと思います」
「詰まっちゃったかぁ。せっかくいい雰囲気出しているんだけどなぁ」

彼女のその言葉に少し救われたような気がした。面白かったと言ってはくれたものの、単なるお世辞で言ったくれたものかどうかは正直わからない。でも、この物語の雰囲気がいいと言ってくれたという事は、気に入ってもらえたと解釈してもいいのではないかと思えた。
そこに那月さんが一言言った。
「あのさぁ、私も読ませてもらったんだけど、亜崎さんて彼女いるでしょ」
「え! 彼女ですか?」
「そ、付き合っている彼女……いるでしょ」
か、彼女なんて、そんな人いないよ。
……今は。
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