天満つる明けの明星を君に②
それから天満はすぐ暁と池の鯉を見て談笑していた雛乃の元に歩み寄った。

厳しい表情で近付いて来る天満を見た途端、もう嫌な予感しかしなかった雛乃は身を固くして胸元で両手を固く握って待っていた。


「天様…どうなさったんですか…?」


「…吉祥(きっしょう)っていう男…分かるね?」


「…!」


その名を聞いた途端もう泣きそうな顔をして後退りした雛乃の背を押さえた暁もまた、その反応で心配そうに雛乃を見上げた。


「若様が……来る…んですか…?」


「どうやらそうみたいだ。朔兄が心配してくれて吉祥に見張りをつけていたんだけど、遠野を単身出たって報告があったみたい。…ここに向かってるそうだよ」


――話している途中から身震いが止まらない雛乃の表情は顔面蒼白で、手も真っ白になっていて歯の根が合わないほどだった。

男に触れられる恐怖――それはもう、雛菊だった時の記憶が深層心理にあるからに違いない。

夫にされた仕打ちを魂が覚えているから、雛乃は男を受け付けることができない。


「若…若様が…若様が……っ」


「…雛乃さん、ここは僕らの本拠地であり、妖の中でも最強を謳う各種族の者が集ってる。僕らの結束は揺るがない。結束して、雛乃さんを守るって決めたから、不安に思うことはない」


普段穏やかな口調で話す天満の決意溢れる声色に、終始俯いていた雛乃はようやく顔を上げて天満と目が合い、やわらかく微笑んだその笑みにじわりと不安が消えてゆくのを感じた。


「天様が…守って下さる…?」


「ん。僕が一番近くで君を守るよ」


「本当に…?」


「絶対に大丈夫。僕はもう、油断したりしない」


――‟もう”?

時々妙なことを言うのが気がかりだったが、天満が差し出してきた手をじっと見つめた雛乃は、その長い人差し指をきゅっと握って涙を拭った。


「若様を遠ざけて下さい…お願いします…!」


「僕に任せて」


本当は、抱きしめたい。

ぐっと堪えた天満は、吉祥という男を調べるべくその後朔の元へ向かった。
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