食べたくない私 と 食べさせたい彼【優秀作品】
 夜7時。

石井さんの仕事が終わるのを待って、会社を出る。

出ると言っても、石井さんちは、会社の入ってるビルの上階にある。

石井さんは社長の息子で、社長は最上階に住んでおり、石井さんは、5階に住んでいる。

 ロケ帰りに買った材料を持って、石井さんちにお邪魔する。

「お前は、その辺に座ってろ」

石井さんは顎でダイニングテーブルを指し示すと、着替えることなくジャケットだけを脱いで、黒いエプロンをワイシャツの上からつけると、手早く大根や芋を洗って切っていく。

「あの、何か手伝いましょうか?」

一応、声を掛けてみる。

石井さんは、怪訝そうに私を見て、

「料理したことあるのか?」

と尋ねる。

「1番最近やったのは、
高校の家庭科の時間ですね」

私の返事を聞いて、

「そんなことだろうと思った。
邪魔しないで、座ってろ」

そう言うと、石井さんは根菜類を圧力鍋に入れた。

へぇー、男の一人暮らしの部屋に圧力鍋があるんだ。

私は石井さんの見事な手際を眺めるともなく眺めていた。

圧力鍋をセットすると、石井さんはエプロンを外す。

「じゃ、着替えてくる」

石井さんは、奥の寝室だと思われる部屋に向かった。

ドアを開ける前に振り返って、私に言う。

「覗くなよ?」

「覗きませんよ!!」

私が憤慨して答えると、

「ハハッ」

と明るい声で笑って、隣室へと入って行った。


 程なく、スーツから白いTシャツとグレーのスウェットに着替えた石井さんは、再びエプロンをつけて料理を再開する。

30分後、石井さんは、土鍋にいっぱいのおでんをテーブルに運んできた。

「味はまだ染みてないけど、まあ、いいだろ」
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