愛され秘書の結婚事情
第六章「悠臣の決断」

1.


 午後十一時。

 帰宅した七緒は玄関先に並んだ男物の革靴を見て、「えっ……」と声を上げた。

 慌ててリビングに向かい、無人のそこを見て、さらに寝室のドアを開ける。

 ベッドの端で布団が盛り上がり、そこに誰かが横たわっていた。

 足音を忍ばせて近寄ると、悠臣がパジャマ姿で目を閉じているのが見えた。

(嘘……。もう帰ってたんだ、悠臣さん……)

 相手が寝ていると思った七緒は、そのままソロリソロリと後退し、部屋を出ようとした。

「七緒」

 ドアの近くまで来た時、悠臣が彼女を呼んだ。

 びっくりして振り向いた七緒は、ベッドの上で起き上がる悠臣を見た。

「おかえり」

「……ただいま帰りました」

 ぎこちなく挨拶を返し、七緒は「ごめんなさい」と詫びた。

「まさか先に帰っていたなんて、全然知らなくて……」

「そう? だけど僕、六時前にメールをしたけど」

「えっ!」

 七緒は慌てて鞄から携帯電話を取り出し、そこに表示されたメッセージに「あっ」と声を上げた。

『今日はもう仕事は終わり。今から会社に戻ります。君はどう? 今日は一緒に食事が出来るね』

 悠臣からのメッセージは、午後五時四十分の受信となっていた。

 七緒がレストランを予約しタクシーを呼んだ、そのわずか二分後だ。

「……ごめんなさい。気付きませんでした」

「そうみたいだね」

 静かな声で言い、悠臣はうつむく彼女をじっと見た。
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