アンティーク
近づく影

彼女を最初に見かけたのはいつだったか覚えていない。

それくらい、とくに僕は初めは彼女に興味はなかった。

でも、練習室に行こうとして、その棟の廊下を歩いている時、聞こえて来たんだ、彼女のヴァイオリンの音が。

それはまるで、そこに彼女の音だけが存在しているかのように僕の耳へと入ってきた。

哀愁を帯びていて、ずっと聴いていても飽きないその音をもっと近くで聴きたいと切実にその時に願った。

練習室の小窓から見える彼女の顔をしっかりと覚えると、僕はその時から彼女のことを目で追うようになった。

すると、どうやら彼女は人との関りが得意じゃないらしく、まだ伴奏者を見つられていないということが分かる。

だから、僕は彼女に自分から声を掛けた。

初めは驚いた顔をしていた彼女だったけれど、徐々にその顔は安心した表情になり、僕の申し出を快く受け取ってくれた。

一緒に練習している時に聴く彼女の音は、やはり耳に心地よかった。

その音が好きだった。

なのに、ある時からそれは徐々に変わっていった。

哀愁さがどんどんと消え、最後にはその音は煌びやかになってしまう。

これは、僕が求めていた音じゃない、この音を聴くために伴奏をやっているんじゃない。

だから、思い切って彼女に何があったのかを聞こうと思った。

そしたら、なんだって。

人間と関わろうとしていなかった彼女がまさかの恋をしたと。

しかも、よりにもよって大学内でも女子たちが噂をするほどの美形な顔の持ち主に。
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