その青に溺れる

携帯を仕舞う横目に映った女性の姿に、いつ来たのかと目を止める。
体の線を強調したスーツ、膝上のスカートに黒のパンスト、長い髪を綺麗に纏めて、切れ長の目が印象的なやけに睫の多い人。

その女性は彼を前に分厚い手帳を開き、テーブルにボイスレコーダーを置いて質問を投げかけ、時折此方に視線を投げて自分と目が合うと少し口角を上げ、小さく首を傾げた。

相手が言いたいことは自分が邪魔だと訴えているのは判っている。
けれど、腰を上げた途端に彼が「仕事中だぞ」と声を掛けてくるのは目に見えていた。

ドアの隙間に自分、その左隣には女性、二人の間の目の前に彼と言う位置が綺麗な三角関係を表していて、それは文字通りなだけで、関係のない自分を巻き込まないでほしい。
恐らく女性は彼と二人きりになって個人的に話したいのだろう。

その話の内容は想像も付かないけれど、自分が聞いたところで然程驚くような話でもないような気がする。
現に、女性は先程からそれらしき言動を見せ始めている。

「ありがとうございます、では次の質問ですが……佐伯さんにとって音楽は欠かせない物だと伺いましたが、敢えて聞きます、音楽の次に欠かせないものはなんでしょうか」

いつもの姿勢で彼は膝の上でライターを鳴らしながら考え込む。
その姿はやはり"作曲家"の名に相応しい佇まいがあった。
それを上手く写真にすれば人気は急上昇するのに、写真だけは絶対に撮らせない。
『一枚でも見つかれば何か違ったかな』と、ふと思った。

「そうだな……犬、かな」と彼は暫く考えて言った。

『犬か、飼いたいのかな……』などと思う自分を他所に

女性が笑って「犬?ですか、飼ってらっしゃるんですか?」と言うと

「最近飼い始めて、全然しつけ出来なくて」と困り顔で言う彼の口ぶりは嘘に聞こえなくて、思いついたのは[カノン]の名前だった。
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