センチメンタル・ファンファーレ

ちなちゃんはこういう人だった。
何も言わないから何も知らないかと思えば、しっかり見ていたりする。
かと言って、ちゃんと理解しているかと言えば、よくわかってなかったりもする。
本人にどのくらいの意図があるのか知らないけれど、そっちに引きずられまいと足を踏ん張っていた私の背を、挨拶代わりに突き飛ばした。

「川奈なんて最悪!! 俺、ネットで“川奈義兄(あに)”とか呼ばれんの? 絶っっっっ対嫌だ!!」

「そんなんじゃないって!」

「私は別にいいよー。川奈くんが義弟(おとうと)でも。望より気前よく奢ってくれそうだし」

「俺と千波じゃ、収入に大差ないだろ! 川奈は俺より段位も上で稼いでるんだよ」

「私は頑張ったってたかが知れてるけど、あんたは頑張れば高収入も夢じゃないでしょ。さっさと竜王(賞金約4200万円)取れ」

「先月すでに負けた!」

姉弟の会話は私と川奈さんのことから、賞金の話、実家の話へと移っていった。

「実家のトイレ、鍵壊れてるらしいよ。お風呂の給湯も騙し騙し使ってるし、水回りのリフォームは急務かも」

「それ、俺の賞金狙いなの?」

「さんざん家族に迷惑かけたんだから、そのくらいの恩返しはして当然じゃない?」

「もし高収入が得られたらリフォームしてやるのはやぶさかではないけど、うっかり現金で渡して母親が整形費用に使ったって話も聞いたことある」

「お母さん自身のリフォーム費用までは出したくないよね」

「でも、竜王戦はアマチュア枠があるから、人間でさえあれば誰にでも竜王になる可能性がある。千波が取れば?」

「本当に!?」

「まずアマチュア竜王戦でベスト4までに入って出場権を獲得して、そこから6組で優勝して、決勝トーナメントを勝ち抜いて、挑戦者決定三番勝負で二勝して、七番勝負で現役竜王に四勝すればめでたく4200万だ」

「私にも、0.00001%くらいは4200万の可能性あるのかな?」

「そんな高確率なわけあるか! 運の要素ないんだから、実質0%だ!」

「結局0なんじゃん!! もう宝くじ買お。その方が簡単で確実」

その会話を聞きながら、私は茶碗蒸しをひたすら口に送り込んでいた。
とろとろと溶ける茶碗蒸しは噛む必要がなく、ほとんど飲むように喉を落ちて、身体の奥を熱くさせた。





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