きみこえ
雪女と吹雪と杪冬



 一年二組のもののけ茶屋は出だしから好調だった。
 内装は古風な茶屋のイメージで時代劇で出てくる様な床几(しょうぎ)と呼ばれる長椅子を用意した。
 装飾も和紙や折り紙等で細かい所もこだわって作り上げていた。
 中でも好評なのは廊下側一面に妖怪をずらりと描いた絵だった。
 まさに百鬼夜行の様子で、見方によっては妖怪が茶屋の順番待ちをして並んで見える構図にしてあった。
 教室にあった机は全て他の教室に移動させ、出来る限り椅子を設置し、客数を増やし、またテイクアウトも出来るようにする事で回転率を上げ、売上げを増やすというのが冬真の作戦だった。

【いらっしゃいませ】

 ほのかは客からの注文取りに挑戦していた。
 相手は二人の子供を連れた女性だった。
 アルバイトの経験が無いほのかは、こういった接客業は初めてでかなり緊張していたが、一度はやってみたいと思っていたので今日この日をかなり楽しみにしていた。

「あら、可愛い狐さんね。みたらし団子一本と三色団子二本と、それからほうじ茶を三つお願いするわ」

【かしこまりました】

【450円です】

 ほのかの使っているスケッチブックは特製の物を用意していた。
 よく使うフレーズがあらかじめ書いてあり、更にはおしながきと金額が書いてあった。
 そして、代金の部分だけ何度も書いて消せるボードを挟んであった。
 それのおかげでほのかは順調に接客をこなしていた。
 だが、ほのかの接客には弱点があった。

「すいませーん」

 声を掛けたのは他校の男子生徒四人組だった。
 だが、後ろから声を掛けられたほのかはその声に気が付く事が出来なかった。

「あれ? 無視?」

「聞こえなかったのかな? ねえ、そこの巫女さん」

 ほのかは男子生徒に手を引っ張られ、そこで初めて呼ばれていた事に気が付いた。

【いらっしゃいませ】

「お、獣耳(けもみみ)だ、可愛いじゃん」

「ねえ、なんでスケッチブックなの? 声聞かせてよ」

「俺、醤油団子とこしあん団子とー」

「あんみつと緑茶、あとお姉さんのメアドをください!」

「お前何ナンパしてんだよ。あ、空き時間あったら俺達と遊ばない?」

 次々と話しかけられほのかは困惑していた。
 ほのかの読唇術は正面から一人一人との対話には役立っていたが、複数人同時にともなると読み取る目が追いつかず、結果集中出来ず何を言っているのかが分からなくなってしまうのだった。

【もう一度お願いします】

「はあ? 何? 今の聞いてなかったの?」

「ちょっと可愛いからってさー、それって断り文句にしては酷くない?」

 男子生徒達が冷ややかな目でそう言うのを見てほのかは手足が震えだした。
 顔面は蒼白になり、その場から逃げ出したい衝動に駆られた。
 誰かに助けを求めたくて教室の中を見回すと陽太は女性客に囲まれていた。

「はーい、スタッフとの記念撮影は一写メにつき十円でーす。並んでくださーい」

 里穂は一人で忙しそうに記念撮影の受付係をしていた。

「うう、俺も接客とかの方がいいのに、何この客寄せパンダ役」

 陽太はずっとカメラ目線で笑顔を振りまいたり、ポーズを取らされている為、ほのかに気が付く様子はなかった。
 他の皆もそれぞれ忙しそうにしていて余裕なんか無さそうだった。

「ちょっとねえ、よそ見?」

「まあいいよ、許してあげるよ。体触らせてくれたら!」

「あははは、それは流石にヤバイだろー」

 男子生徒の一人が手を伸ばし、ほのかは恐怖から目を閉じた。
 だが、その手はいつまでたっても触れられる事はなく、ほのかはそっと目を開いた。

「おい、こいつに触れるな」

 そこには、怒りに満ちた瞳で、見詰めれば全ての者の体温を奪ってしまいそうな程冷たい表情をした冬真が男子生徒の腕を掴んでいた。
 その形相はまさに雪女の様だった。

「な、なんだよ。今度はお姉さんが相手してくれんの?」

「こっちの人もスゲーレベルたけえー、超美人じゃん」

「ねえ、触ってもいいですか~」

 凝りもせずふざけながら言ってくる男子生徒達に冬真はキレた。

「やってみろよ・・・・・・触ったら訴えてやる。お前らその制服黒波高校の生徒だろ? スマホに動画撮ってやるから、ほらやってみろよ。これを見たら向こうの学校の先生や親はどう思うだろうな・・・・・・ククク、楽しみだな」

 冬真はとても低い声で脅した。

「こいつヤバイって!」

「おい、もう行こうぜ!」

 男子生徒達は一目散に逃げていった。

「はあ・・・・・・月島さん、大丈夫?」

 溜息を吐きながらほのかを見ると、その辛そうで泣きそうな顔に冬真はギョッとした。

「悪いけど月島さんと俺、先に休憩出るから」

「りょーかーい、もう交代人員来てるし行ってらっしゃい」

 冬真はほのかの手を引き隣の空き教室に入った。
 その部屋はカバンを置いたり、食材のストックを置いたり、更衣室としても使っている準備室だった。

「すまない、助けに行くのが遅くなった」

 ほのかはふるふると頭を振った。

【助けてくれてありがとう】

「怖かったんじゃないか?」

 そう聞かれてほのかは正直に言うのを躊躇った。
 もっとしっかりとしなければならないと分かっていた。
 人を怖がってばかりではいけないと分かっていた。
 だけれど、それがまだ上手く出来ないでいるのが悔しかった。

「無理しなくていい、手、まだ震えてる・・・・・・」

 冬真はほのかの手を取るとそのまま自分の方へと引き寄せた。
 ほのかは冬真の胸に顔を埋めた。
 女装をしていても、その体は確かに男の子体だと分かるくらいに、しっかりとした胸板が感じられた。
 そしてそれはとても安心出来た。



 ほのかの手の震えが止まった頃、冬真はほのかを自分の体から離した。

「落ち着いた?」

 その問いにほのかはコクリと頷いた。

「そう、・・・・・・はあ、今回俺はちょっと怒ってる」

 そう言われてほのかはドキリとした。
 怒られるのも当然だとほのかは思っていた。
 冬真に迷惑を掛けただろうし、呆れられてしまったのだろうと考えるとまた悲しさが込み上げてきた。

「あんな奴らに触らせるなよ。嫌だったら全力で逃げろ。こんな調子じゃ・・・・・・目が離せないだろ」

 自分を心配する様なセリフにほのかは先程の暗い気持ちはどこかへと吹っ飛び、今度は胸の鼓動が早くなるのを感じた。

【ごめんなさい、気を付ける】

「月島さんは悪くない。俺もこれを用意してて遅くなったし」

 冬真は小さな紙の束をほのかに渡した。
 それは全てのメニューが書かれた注文票だった。
 そこには商品の欄の隣に個数が書き込めるようになっていた。

「客に注文したい物を書いてもらえばいい。これなら複数人の客相手でもなんとかなるだろ」

 わざわざ自分の為にこれを用意してくれたという事に、ほのかは嬉しくなり、胸がとても温かくなった。
 それはまるで冬の終わりを思わせる温かさだった。

【ありがとう! 雪女なのにあったかい】

「う、雪女は好きでやってるんじゃないんだからな! それよりほら、せっかくの休憩時間だし、文化祭楽しまないと損だろ」

 そう言って冬真はほのかに手を差し伸べ、ほのかは笑顔で頷くとその手を取った。
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