雪降る夜は君に会いたい
 夜も九時を過ぎ、人がゴミの用に蠢き合っている渋谷のスクランブル交差点付近。牛乳瓶の底メガネにバンダナ、チェックの柄シャツにリュックを背負いヲタクのコスプレで彷徨いていた。ただ、この日ばかりはコスプレというイベントで済まされるが少し前まではこの格好で普通にアキバに行ってた自前である。
 格好はともかく、何故ヲタクの俺が一人でリア充が集まるハロウィンの渋谷に来ているかというと、うちの家系的伝統行事だから仕方なく参加しているのである。
 代々、あやかしを退治してきた我が家系は特殊な能力が備わっており将軍に支えて云々かんぬん、眉唾な説明をじいちゃんに飽きる程聞かされてきた。特にハロウィンはあやかしが暴挙に出やすいイベントだということで警備に出るのが江戸時代から続く先祖代々の風習というのだが。『挨拶勝祭』という祭りが始まりとか言い出したら話は長く俺は適当に流していつも聞いてた。
 まぁ、じいちゃんの話の真相はともかく、ハロウィンにあやかしが好き勝手するのは事実なので今年もこうやって真面目に参加して警備に励んでいる。
 大抵、人に取り憑いて暴れたり犯罪紛いの事をしている。あやかし特有の色が着いた気『色気』が見える俺の家系は、体内から出す光の弓矢で射止めて浄化するのが仕事。
 クタクタになりながら帰路につこうと駅に向かってる所で素のあやかし二体に追いかけられる女の子と遭遇した。

「珍しい光景だなぁ」

 あやかし本体で人を襲っているなんてとうの昔に廃れた文化だとじいちゃんに聞かされてきたいた。それほど人に取り憑いて罪を重ねても日常的な世の中になったという嘆かわしい現実なのだが。

「ちょっとアンタ! 見えてるのだったら助けなさいよ!」

 逃げる女の子と目が合った途端に助けを強制される。なかなかレアな体験だが、言われなくてもそのつもりで両方の掌からそれぞれ弓と矢を出し、あやかしに向かって構えたが……。

「なんでさっさと打たないのよ!」

 俺の背中に隠れたその女の子は涙でくしゃくしゃになった顔を俺に近づけて胸元を激しく揺すってきた。

「脳震盪なるわ」

 弓矢の構えをやめて掴んでる手を退かした。

「なんだお前、片な格好しやがって! いいからその女を寄越せ!グヘヘヘヘ」
「お前呼んでるぞ」
「見りゃわかるわよ。私が嫌がってるのも見りゃわかるでしょ! さっきの弓矢で助けなさいよ!」
「俺、命令されてするの気が乗らないんだよなぁ」

 面倒くさいフリをして俺はこの珍しいこの状況を少し楽しんでいた。
 二体のあやかしは口からヨダレを垂れ流し、いかにも下品で知性の欠片も無さそうであった。あまりにも低い知性のあやかしは人に取り憑くこともできないらしい。

「さあ早く出せ、グヘヘヘヘ」
「アンタらなんか、お兄ちゃんにかかったら瞬殺よ! 覚悟しなさい。さ、お兄ちゃんチャチャっとやっつけてよ」
「誰がお兄ちゃんだ」
「大丈夫。お兄ちゃんが頑張ってる間に上手く逃げるから」

 アニメではよく、『俺がなんとかするからその間にお前は逃げろ』ってシーンはあるがそれを逃げる側が推奨するのってどうなんだ?

「ごちゃごちゃ言ってたらお前も喰っちまうぞ。キモいヲタクみたいで不味そうだけどな!グヘヘヘヘ」
「おい、お前今なんて言った?」
「グヘヘヘヘ、だ」

 誰もそんなグヘヘヘヘに興味持つわけ無いだろうに、この低能あやかしめ! 俺はヲタクだがキモいヲタクって言われるとブチキレる癖がある。それを口で説明してる間にピンチになったりするのがよくあるパターンなので俺は脳内で処理をしながら再び弓矢を構えた。

「やるのか? グヘ……」

 無言で二本の矢を其々に放ち浄化させた。やがて光に包まれ夜空に舞い消える。
 あやかしと会話や命乞い等、全く聞く耳持たないのが俺の主義。蚊を殺す位にしか思っていなしそれ位の気持ちでないと続けていられないのだ。

「ありがと、お兄ちゃん。信じてたよ」
「誰がお兄ちゃんだ、さっさと逃げようとしてたくせに」

 腕を組んできてお礼を言ってくるが、奇しくもそのボリュームのある胸に当てられた腕はまるで意思を持ったかのように振り払うことを拒否して固まってしまう。

「わたしは雪実。宜しくね、お兄ちゃん」

 咄嗟に付いた嘘で自分が助かったのが気に入ったのだろうか、雪実というその女の子はお兄ちゃんと俺を呼び続けた。
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