たとえ君が・・・
「多香子・・・」
渉がその名前を呼ぶ。

いつもは病院で名前を呼ぶと苗字で呼ぶようにと渉に注意する多香子。

でも今は名前を呼ばれ、素直に渉の方を見た。
「ん?」

渉は多香子の頬にそっと手を伸ばし、雫を大きな手で拭う。まるで多香子が泣いているかのように渉には切ない表情に見えた。

渉の大きな手で、多香子の顔はほとんど隠れてしまう。

多香子は渉も傷ついていることを知っている。
誰しも、命を救えないとき自分を責める。命の無情に肩を落とす。
それが医者ならばなおさらだ。
病気を治すことや、命を救うことが仕事の医者にも逆らえない運命を誰しもが持っている。

その運命に勝てなかったとき・・・その命の無情にどんなに肩を落とし、不甲斐なさに涙を流しても、また別の命と向き合わなくてはならない。
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