かりそめ夫婦のはずが、溺甘な新婚生活が始まりました
「……っ」

 すぐに逸らしたものの、バクバクと胸が高鳴る。

 どうしよう、気づかれた? いや、気づかれるわけないよね。でも、もし私の顔を知っていたら……? あとをつけていたことを将生に知られたら?

 もう一度彼女を見る勇気がなくて、逃げるように駅に引き返した。

 なにやっているんだろう、私。尾行してなにするつもりだったの?

 改札口を抜けてホームの階段を駆け下り、到着した電車に飛び乗った。すぐに走り出した車内で乱れた呼吸を整える。

 窓に映った自分の顔は、ひどく歪んでいた。

 やだな、こんなきっかけで気づくなんて――。

 ふたりを追いかけたのも、醜い感情に覆われたのも、将生のことが好きだからだ。好きだからこんな気持ちになるんでしょ?

 初めて人を好きだと気づいた瞬間が、嫉妬してだなんて――。

 ずっとこらえていた涙が、ポロポロと溢れ出す。

 よかった、ドア側にいて。声を出さなければ泣いていることに気づかれないよね。

 ドアに顔を向けて俯いた。

 敬子のこと、将生のこと。一気にいろいろなことが起こりすぎて頭の中がグチャグチャ。

 このまま将生と一緒に住んでいる家になんて帰れないよ。

 鼻を啜り、私はすがる思いで由良にメッセージを送った。【今夜、家に行ってもいい?】と――。
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