恋は、二度目のキスのあとで―エリートな彼との秘密の関係―
翌日、仕事を終え、従業員出入口から出たところで名前を呼ばれた。
「白石」と呼ぶ男性の声にびくりと肩が震えたのは、瀬良さんだったら……と咄嗟に身構えたからだ。
けれど、恐る恐る顔を向けた先にいたのは北川さんで、ホッと胸を撫でおろす。
緊張や不安でがんじがらめになっていたものが、柔らかく解かれたような、そんな安心感があり……そこに疑問を抱いた。
どうして私は北川さんの顔を見てこんなにもホッとしているんだろう。
でも、そんな疑問は、追って浮かんだ焦りにどこかに飛んでいく。
ここは会社前だ。
誰かに見られたら大変だ。袋叩きに合うかも……!
おっかない顔をした女性社員に囲まれている自分が目に浮かぶようで、急に背中が冷たくなり、慌てて北川さんに背中を向けた。
「すみません! このままバラバラに帰るふりしてしばらく進んでください。その、他人みたいに。誰の目があるかわからないので」
すでに歩き出しながら言った私を、失礼だと咎めるわけでもなく、北川さんは後ろに続いたようだった。
一定の距離を空けて聞こえてくる足音に、次第に申し訳なくなり「すみません」と謝ると、後ろからわずかな笑い声が聞こえた気がした。
「他人なんだろう。謝る必要はない」
文字にしてみれば、突き放すような、ずいぶん冷たく感じる言葉だったかもしれない。
けれど、それを乗せた声がやわらかく優しいものだったから、安心する。北川さんは冗談として楽しんでいるらしかった。
「あの、体調はどうですか?」
喉の調子がよくなさそうだった。だから心配になって聞くと、北川さんは「おかげさまで治った」と答える。
話していても咳をしていないし、完治とまではいかなくても、少しはよくなったようでホッとする。
そのまま数分歩いたところで立ち止まり振り向くと、北川さんは眉を下げ微笑んだ。