ラヴシークレットルーム Ⅰ お医者さんとの不器用な恋
Hiei's eye カルテ47:親父と父さん




【Hiei's eye カルテ47:親父と父さん】



「お待たせ致しました。まずカードをお返しします。そして、こちらがお品になります。」


クレジットカード、レシート、そして紙袋。
差し出された順にひとつずつ受け取る。


「大変お待たせ致しました。またのお越しをお待ち致しております。」

深々と下げられた頭に恐縮した俺は、会釈をしてからその場から立ち去った。


「この場所だとまだ45分待ちだって~」

「今日、早めに来たのに、凄い人だよね。」

「風が冷たくて体が冷えちゃうから、早く買いたいのに。」

「ちょっと兄ちゃん、何時から並んでいたの~?」


コート、マフラー、ニット帽そして手袋としっかり防寒対策をして行列に並んでいる60代ぐらいの女性2人組にすれ違い様に声をかけられた。


『・・・朝7時ってとこです。』

「ええ~。会社の同僚にご馳走するために、早起きしたの?」

『いや、その・・・』

「違うわよ~。夜のお仕事の帰りで、家で待っている同棲中の彼女へのお土産よ~。こんなにイケメンだもの~。ホスト業界がほったらかしにするわけないじゃない。ズバリ、仕事帰りの朝帰りよね?」

『・・・・・・・・』


ニヤニヤしながら同意を求められ、どう返答したらいいのかわからない俺はつい立ち止まってしまったことに密かに後悔する。
立ち止らなければよかったなんて軽々しく口にした日には
手に持っている紙袋を勢い良く奪い取られそうな空気が漂っているからだ。


自分の中でたったひとりの大切な女性・・・ではない人
その人を酔った勢いで誘われるがまま抱こうとしておいて、
ぎりぎりのところで理性が働いたせいで自分から寸止めして、傷付けたくせに
大切な女性がいる自宅に帰るためのきっかけを作るために
バームクーヘンを並んで買った

・・・そんな酷い事実を正直に言えない
それを正直に言えないのは、俺がそのことに負い目を感じているからだ

まあ、目の前にいる見知らぬ女性達にそんなことを話す必要もないとも思っていることもあるけれどな


『・・・まぁ、そんなとこです。』

「やっぱり~。どこの店?」

「アンタ、それ聴いてどうするのよ?庶民が簡単に行けるところじゃないわよ、このお兄さんが働いている店は。」

「確かに・・・きっと上客相手の店だよね~。」


だから、なんとなく肯定してみたのだが、なんだかややこしい方向に話が向いてしまった
朝帰りは間違いではないけど、否定しておけばよかったのか?

でも、否定とかすると余計にややこしい話になりそうだと思った俺は ”急ぐので失礼します” と会釈をしてから再び歩き始めた。



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