いきなり図書館王子の彼女になりました
 夜の11時半。
 全員部屋に戻った後の、彼の部屋の前。

 2度ノックをすると、黒いパジャマ姿の上にカーディガンを羽織った司君が、部屋の外に出て来てくれた。

「遅くにごめんね。これ、司君に」

 私は光沢のあるパープルのリボンで結ばれたクリスマスプレゼントの袋を、彼に手渡した。

「……ありがとう、沙織さん」

 彼は私からプレゼントを受け取り、

「開けていい…?」
と聞いてきた。

「もちろん!」

 彼はリボンをほどいて袋を開け、中から丸い形のライトを取り出した。

「『室内プラネタリウム』…?」

「…うん。『霽月の輝く庭』には星と月の物語が沢山出て来るから。司君、プラネタリウムも好きかなあと思って」

「…好き。ありがとう、すごく嬉しい!」

 プレゼントをしばらく大切そうに扱いながら見つめていた彼は、きょろきょろと周りを見回し、小声で私に話しかけた。

「…沙織さん入って。ちょっとだけ!」

 彼は自分の部屋のドアを開けて、私を中へと引っ張り込んだ。


 …………!!


 内側から部屋のドアを閉め、悪戯っ子の様な表情を見せた彼は、説明書を読みながらあっという間に室内プラネタリウムをセットしてしまった。

「点けるよ!」

 彼は部屋の灯りを消して、プラネタリウムを点けた。8色のライトが回転しながら、星空の様な雰囲気を作り出す。

 彼は天井を見ながら嬉しそうに

「沙織さん、これ最高…!」
と、輝く笑顔を見せてくれた。

「そう?良かった!…そんなに高価な物じゃ無いんだけど」

「そんなの全然関係無いよ!綺麗だね…」

 そう言ってくれてホッとした。
 司君、喜んでくれたみたいで嬉しい。

 彼はフワフワと形が変わる大きなソファークッションに座り、私を手招きした。

「ここに座って!沙織さん」

 クッションをポンポン叩いて、横に座れと合図している。まるで子供みたいな仕草で思わず笑ってしまった。

 私は大人しく、彼の横に座った。
 肩を抱かれ、急にどきっとしてしまう。

「この間一緒に観に行った舞台の、主人公の『既望』って…」

 彼は、そっと話し出した。

「うん」

 プラネタリウムのライトが、回転しながら天井に輝く。

「最初はただ楽しく時間旅行が出来る少女っていう設定だったんだ」

 まるでファンタジーの世界に、二人でいるみたい。

「…そうだったの」

 くるくる、くるくる、光が輝いている。

「だけど彩月が物語をダイナミックで面白くするために、二人の男を同時に愛して、二つの世界を行ったり来たりする嫌な女に変えちゃったんだ」

 …!
 そうだったんだ。

「あの内容だけは好きになれなくて。あの話を完成させる時は、毎日彩月と喧嘩してた」

 彼は天井を見ながら、苦笑いをしている。

「………ふふ。そんな裏話まで聞けるなんて、夢にも思わなかった」


「…………本当は、こういう話にしたかった」

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 外の世界を知る星の王『明冠(メイカン)』は、生きるために必要な知識と、強靭な体力を持っていました。

 内の世界を知る月の王『亜槙(アーシ)』は、深い思い遣りと、先を見通す洞察力を持っていました。

 『既望』という少女は同じ場所にいながら『時の輪』という力を使い、自在に両方の世界を行き来する事が出来ました。

 彼女は二人と友達になって、星の王と月の王のいい所をそれぞれに伝えてあげました。

 『時の輪』の力はお互いのより良い未来を繋ぐ、友情の架け橋となりました。

 両方の王は自身の弱い部分を悟り、その力によってますます互いに強くなりました。

 知恵と知識の交流は魔物が現れて窮地に陥った互いの世界を、見事に救ってくれました。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

「…………すごく素敵」

「……そう?」

「うん。…………どこかの国の神話みたい」

「ご都合主義だって、彩月に笑われたけど」

 私は司君の顔を見て、首を横に振った。

「司君が考えた物語、もっと聞きたい」

「…………沙織さん…」

「また、物語を考えたら、聞かせてくれる?」

「…………うん。約束するよ」

 彼は私に微笑みかけた。


「ねえ、沙織さん」

「…………ん?」

「本ってさ、『既望』みたいだと思わない?」

「本?」

「そう。だって時間も空間も全部超えて、人と人が本の中を通して、必要な考え方や生き方を互いに教え合う事が出来るんだ」

「…本当だね」

「だから僕は、本がすごく好きなのかも」

 …そうだったの。

「…教えてくれて、嬉しい」

 キラキラ輝く天井を見つめながら、彼は小さくため息をついた。

「こんなに素敵なクリスマスプレゼントを貰ったのに、僕からは沙織さんに『霽月の輝く庭~ミラ~』をあげただけになっちゃった。ごめんね」

 私は驚き、慌てて首を横に振った。

「ううん、1番嬉しかった!あんなに素敵な、世界に1冊しか無い贈り物を貰えて」

 彼はほっとした様に笑った。

「ありがとう、司君。…どうして私が1番喜ぶプレゼントが分かったの?」

「沙織さんが言魄を好きな事、知ってたし。部屋を見せてもらった時に思ったんだ。もしかしたら、贈るなら物じゃ無くて、ああいう形の方が喜んでくれるかなって」

「…その通りかも」

「舞台のチケットも嬉しそうだったしね」

 …司君、やっぱりすごい。エスパーみたい!私は本当に、物よりも何よりも、生き生きとした物語が好きなのだ。

 でも、…本当は。

「一番嬉しいのは、司君と一緒にいられる事」

「……沙織さん」

 言ってしまってから急に恥ずかしくなり、私は立ち上がった。

「…………そろそろ12時だから、部屋に戻るね」

「…………うん」

 ドアの近くまで歩いてから、

「…………お休み、司君」

私がそう言うと、


「…………まだ」

彼は切なそうな声で、急に私を後ろから抱き締めた。


「…………12時まであと2分あるから」


 ドアの前。
 ドアノブにかけた手を私は下ろした。


 もう、身動き出来ない。


「…………帰っちゃ駄目」



「…………」



 彼の息遣いだけが、聞こえてきた。









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