いきなり図書館王子の彼女になりました
 じっと私の顔を見つめる、燈子さん。

 65際とは思えないすべすべした肌と、何もかもお見通しな、黒く透き通る瞳。

 少しくらいは今日の司君を信じて反論したい所だが、彼女にこう言われてしまうと、だんだん自信が無くなって来る。

「…一度くらいは、聞かれましたけど…」

 あの時も私の話を、上手くはぐらかしていたのだろうか。

「最後の最後まで、内容を深く聞こうとはしなかったんだろう?」

「…」

「王子にはアンタが言いたかった事が、最初から分かっていたからだ」

 胡桃はさっき守っていたイーピンを、今回は躊躇なく捨てながら言った。

「図書館王子が仮に、沙織の事を本当に好きなのだとしても…何か思惑があるかも知れないし、色々気を付けた方がいいかもね~」

「ほら、あれだ、その王子の特性からするとホストクラブとか結婚詐欺とかさ。…ちょっと経験積めば相当スゴイ事が出来…」

「燈子さん!!」
 高野さんは私に気を遣い、慌てて燈子さんの言葉を止めた。

「せめて恋愛映画か、乙女ゲームの隠しキャラとでも言いましょうよ~」

 胡桃が冗談とも本気ともとれる口調で呟いた。

「…隠しキャラ…」


 すごく、気持ちが落ちてしまった。

「…気をつけた方がいい、って事だよ。有沢さんは女の子なんだから」
 高野さんは、優しい口調で話を締めくくった。

 もし司君が私を騙していたのなら、今日の彼の言葉の中に真実は、一体いくつ隠されていたのだろう。

 第一。

 私を騙した上で付き合う事で、彼に何のメリットがあるというのだろう?


 電車の中で捨てられた子猫の様な顔をして泣き出した彼の表情を、不意に思い出してしまう。

 あの涙は、嘘じゃ無かったと思うけど。


「…これから私、どうすればいいでしょうか…」


「ロン!」

 高野さんがいきなり叫んだ。

「あ~~!!!やっちゃたぁ!!!!」
 胡桃は頭を抱えて、叫んだ。



 …少しは聞いて下さい、私の話。



「あんたはどうしたいの?」
 燈子さんは、私を睨みながら聞いてきた。

「その王子と付き合いたいの?それとももう、近づきたく無いの?」


 私は…?


「…せっかく仲良くなれたし、もっと色んな話をしたいと思っています」

 本当の彼の事を、ちゃんと知りたいと思うし。まだ何も始まってすらいない気がするから。


「…これが恋なのかは、まだわからないけど…」


 ジャラジャラと麻雀牌をかき混ぜながら、燈子さんは衝撃的な事を言った。


「じゃあ、このまま付き合っちゃえば?」


「…?!!!…え?!!!…このまま…?!!!」


 私は手を止めて、彼女の顔を見つめた。


「そう。王子の嘘に、付き合ってあげるんだ」
 彼女は私を見ながらニヤリと笑った。

 童話に出てくる恐ろしい魔女を思い出す。

「その手もあるか…。何も蒸し返さず彼と付き合ってしまう。用心しながら、だけどね」
 高野さんはこう言いながら、ボーっとして牌を積むのが遅くなった私を手伝ってくれた。

「うん。念のため怖い目に遇わないように、私が見張っててあげる」
 胡桃は頷き、サイコロを投げた。


「…どうして…?」


「付き合っているうちに、どうせ向こうがぼろを出して正体を現すだろう。それを…待つ!」

 燈子さんはそう言いながら、新しいドラ牌を人差し指ひとつでクルッと開いた。

 すると。

 ストーンでキラキラと輝いたイーピンが、今回の主役は自分だぞと言わんばかりに、堂々と上を向いた。

「バカ正直なアンタに、うまく出来るか分かんないけどね」

 新しいゲームが、スタートした。

「こっちの考えがバレたら、大変な事になるかも知れないけど…」

 燈子さんが親。ドラはイーピン。

「…」

 私はドラ側の牌が手の内にあるかどうか確認しながら、ため息をついた。


 そんな芸当、恋愛初心者の自分に出来るのだろうか?!


 燈子さんは一番最初に、ドラであるイーピンを躊躇なく捨てた。
「こういうキラッキラしたものに、決して惑わされちゃいけない」

 彼女は話しながら、高野さんが捨てたイーソウをポンした。

「でも、アンタは彼の優しさを、信じたいんだろう?」
 彼女は自分の手の内を見つめて、ニヤリと笑った。

 私は何故か司君の泣き顔をまた、思い出した。

「……はい」

「どんなに傷ついてでも彼と付き合いたい、という覚悟があるなら、やってみてごらん」

「……」

「手ごわい相手だよ?王子は自分の魅力を、とても良く分かっている」

 彼女は急に、私が捨てたキューソウを指差した。

「ホストや詐欺師みたいに一日で人を丸め込む様な芸当は、誰にでも出来る事じゃ無いんだからね」

 そのキューソウをつまみ上げ、彼女は私の目の前にそれを、勝ち誇った様子で見せた。

「ロン」


 ……。









 本日の麻雀大会は、燈子さんの圧倒的勝利で幕を閉じた。



「お疲れ様でした!皆さん、私の話を聞いていただいて、ありがとうございました」

「はい、頑張って。じゃ、おやすみ」
 燈子さんは寝る準備を済ませ、リビング横のドアを開け、繋がっている自宅へと戻っていった。

「おやすみなさい。明日の朝食、増田さんが当番だった?」
 高野さんが伸びをして、胡桃に話しかけた。

「そうですよ~!」

「よろしく。俺、明日は7時頃起きてくるから」

「は〜い!ラップしときます~」
 胡桃はあくびをしながら、返事をした。

「うん。おやすみ」

「おやすみなさ~い」

「おやすみなさい」


 全員自室に引き上げると、私は誰よりも先に大きなお風呂を独り占めしながら、今日の出来事と、皆からのアドバイスや助言を思い出していた。


 これから、どうしよう。



 『柚子の香り』のバスキューブを湯船に落とし、少しぬるめのお湯に長くつかりながら、私は想いを巡らせた。

 司君、柑橘系のすごくいい香りがしたな。

 柚子の香りのせいでふと思い出してしまい、慌てて首を横に振る。

 皆に相談して意見を聞き、受けた衝撃はかなり大きかった。

 だけど不思議な事に、落ち込んだりマイナスな思考には囚われていない。

 確かに彼との出来事は皆が言うように現実的じゃ無かったため、面白い夢だった様に思えてしまうからなのかも知れない。

 でも明後日、学校で彼と関わる様になったら、想像もつかない現実が襲って来る。

 本当の事を話さないまま彼と付き合うのは、私にとっての正解なのだろうか。

 そもそも彼は、本当に私と付き合いたいと思っているの…?


 ぐるぐるぐるぐる、色々な思考と感情が入り乱れる。


 …彼と付き合ってみようかな。

 もし彼が、それを望んでいるのなら。










 
 突然私は、彼の笑い声を思い出した。






『…頭を抱えて苦悩したり!…1人でず〜っと百面相してるから!!』







「……」








『…は〜〜、沙織さん、最っ高!!!』











 …今の自分も、さぞかし百面相、している事だろう。








 少し、悔しくなってきた。









 もし、本当にあなたが私を騙していたんだとしたら。










 今度は私があなたを、笑い返してやるんだから!!!
 
 



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