きみに光を。あなたに愛を。~異世界後宮譚~

第16話(2):戦乱の足音。

「とうとうヴィレットブレードと戦が始まるそうですよ」
「え? 北の国と? 北の国(ヴィレットブレード)はカルロッテ様の祖国でしょ? 戦にならないように協議しているってカルロッテ様おっしゃってたけど」

 ここ数年、国境付近で小競り合いが続き緊迫した関係であるというのは聞いていた。
 カルロッテが時おりもらす言葉から綱渡りのような交渉が行われているらしいと想像はしていた。

「それに陛下のご指示もあったのでしょう? それでもダメだったの?」
「パシャよりも向こうが上手(うわて)だったようです。交渉が決裂したそうで、開戦が避けられなかったようです。こんなことになって、カルロッテ様のご心労いかばかりか……」

 カルロッテはヴィレットブレード王の姪である。
 もろもろの国際問題回避のために、パシャ皇帝に対する楔役を託され後宮に送られてきたのだ。
 入内四年、祖国から重大な期待を担わされたカルロッテは、しかしパシャ皇帝に取り入る事も子を身篭る事もできずにいる。ヴィレットブレード王の目論見は外れたといっていい。
 役に立たないとみられたカルロッテは祖国からゴミのように棄てられるのだろう。

 アセナはカルロッテの心中を察して暗澹たる気持ちになった。

「カルロッテ様が心配ね。元々御体が強くない方なのに」

 ここ数日カルロッテは体調が優れず、今日は寝台から離れることすら出来なくなっていた。
 祖国との戦。敵の牙城にたった一人で耐え抜かなければならない心労は如何ばかりだろうか。

「明日にでも見舞いに参りましょう。カルロッテ様はアセナ様を信頼なさっておいでです。きっとお喜びになられましょう」
「そうね。クルテガの干し果物も持っていきましょう。少しでもお慰みになるかも」

 アセナはため息をついた。

(私には出来ることなど何もない。なんて無力なの……)

 外で戦争が起こっても、この都の王城の奥深くにある後宮には何の影響もない。
 いつもと変わらない日々が過ぎるだけである。
 こうして菓子を食み、茶をすすり、堅く守られた世間とはかけ離れたところで安穏に過ごす。

(せめて戦が早く終わりますように)

 この後宮の一室で祈ることしかできない。

「アセナ様。もう一つお知らせが。第一位皇妃ヤスミン様より面会のご希望がまいりました。本日中にいらっしゃるとのことですが……こちらの都合など考えもせずに、あまりの無作法でして……。如何いたしましょう? アセナ様を見下しているというか、リボルはらわたが煮えくり返りそうです!」

「リボルちょっと落ち着いて。私はまだ無位なんだから下でいいの。でもヤスミン様が何の用かしら?」
「それは敵情視察でございましょう。陛下の御寵愛を戴くアセナ様への牽制でございますよ」
「寵愛だなんて。私は未だに無位なのよ?」
夜伽(よとぎ)が未だだというだけです。陛下が足しげくこの宮にいらっしゃることは周知の事実でございますよ」

 これが御寵愛と言わずして何と言いましょう、とリボルは大げさに笑った。

「……ほんと自分の出世が絡むと嬉しそうに言うよね」
 自分の輝かしい未来に胸が高鳴るリボルを苦々しく見つめた。
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