きみに光を。あなたに愛を。~異世界後宮譚~

第17話(2):あなたを手放さない。

「おい、そこの宦官と妃よ。聞こえてるぞ。後宮の主が前触れもなく訪れるくらい許されると思うがな? そうだろう? アセナ」
「左様でございます。陛下の御心のままになされば良いと思います。ただ振り回される警備の者が不憫です。またいらっしゃる時はぜひしきたり通りにお知らせくださいませ」

 窓のある壁際に深い疲労と困惑を隠さないシャヒーンともう一人の武官が控えている。
 
 アスランが移動するならば、例え予定外でも後宮でもどこにでも同行せねばならない。上級武官に属する彼らは処理しなければならない案件も多く抱えているはずだ。
 それを放ってアスランのわがままにつき合わされているのだろう。
 
 予定のない渡りは周りにとって不都合だらけである。

「善処しよう」

 そうは言ったもののさして反省した様子もない。
 アスランは身を起こすと手招きをしてアセナを隣に座らせた。黒い瞳の下に、うっすらと隈が出来ている。

「ずいぶんお疲れのようですね。最近ヘダーヤト先生の講義にもおみえになられなかったのも御政務のご都合ですか?」
「あぁ。山のように仕事がある。裁可しても裁可しても終わらないというのはこういうことかと身に染みた」

 長く息を吐き目を閉じると、アスランは長椅子の背もたれに身を預けた。

「……ヴィレットブレードと戦が始まる」
「存じております。早く終わらせてくださいませ」

 戦は国土も民も疲弊させる。あらゆる試みを以ってして避けるべき事象だ。それでも戦に突入してしまうのはその国の指導者と上層部の失態といえる。

「俺が至らなかった故のこの事態だ。早期終結にむけて最大限の力をつくす」
「陛下……」

 アスランは口元に意地悪な笑みを浮かべ、アセナの唇をなぞった。

「呼び方がちがうだろう?」
「……アスラン様」

 あの身分を隠してのお忍び時だけかと思っていたが、どうも違うらしい。アセナは羞恥で顔を赤らめた。
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