きみに光を。あなたに愛を。~異世界後宮譚~

第19話(2):陰鬱な想い。

 アセナは小さく息を吐く。

「ヤスミン様、おかけください」

 まるで女王のように横柄に微笑むとヤスミンは長椅子の向かい側に単座した。

 パシャの数百年にわたる伝統で作り上げられた矜持とでもいうのか。
 ヤスミンは積み上げられ磨かれた美の結晶、パシャの貴族文化の象徴といってもいい。

 しかし同時に澱のように醜悪なものも層になる。
 深く冥い塊がヤスミンの底に蠢いているのをアセナは感じていた。

(怖い……この方……)

 緊張と上級貴族の物言わぬ圧でアセナは次の言葉が継げない。

「お待たせいたしました」

 様子を伺っていたリボルが絶妙のタイミングでテーブルに茶碗を置いた。
 茶碗には澄んだ薄緑の液体が満ち、香ばしい茶と薬草の混ざった独特の香りがたちのぼる。

「何ぞ、これは」

 ヤスミンは茶碗をこわごわ持ち上げ、一口含むと顔をゆがませた。

「……このような物を第三位皇妃の宮(ここ)では供されるのか」
「御口にお合いになりませんでしたか? クルテガ皇領から献上された品なのですが」

 アセナは自らの分を一気に半分ほど飲んだ。クルテガのあの山岳地帯で育まれた強さを感じる野生的な味である。
 痛んでいた胃に優しく染み渡り気力がわいて来る。

「独特の風味がありますから、好みが分かれます。別のものをお持ちいたしましょう。リボル用意なさい」

 アセナは後ろに控えていたリボルに指示し、

「慣れてしまえばとても美味しいのですが。特に体を温める効果が高いので今の季節にはちょうど良いのです」
「薬効が高いとはいえ、あの味は……。クルテガはあのような茶を常用しておるのか?」

 茶とも言えぬが、とヤスミンは嫌悪感を隠さない。
 上流貴族の洗練された食生活ではありえない味なのだろう。

「いいえ。この茶の茶葉は切り立った岩場に生える茶木からわずかに採られるもので大変高価な品です。クルテガでも富裕な者しか嗜む事はできません。私もこちらに来て初めていただきました」
「ウダの民であったな、おぬし」

 ヤスミンは不躾な視線をアセナに浴びせた。

 北の辺境に住む少数民族ウダ。
 パシャに併合され今では険しい山地にわずかに暮らすのみであるが、かつては隆盛を極めクルテガ地域全域に居住し支配していたという。

 パシャ人とは異なり男女問わず端整な顔立ちに黒い髪、そして『ウダの碧玉』と称えられる碧い瞳は都においても高名だ。
 
 目の前の娘もウダの特徴を引き継いでいた。黒い髪に整った容姿。そして碧い瞳。
 しかも不思議なことにその瞳は光により色変わりする。

(もしやこやつ……)
 ヤスミンはふと思い出した。

 まだ入内する前のことだ。亡き父から聞かされたことがある。帝室で重用される瞳の色が変化する“先祖がえり”という者がいることを。
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