愛され秘書の結婚事情*AFTER
<起>

 カッカッカッ、とヒールの甲高い音を響かせ、その婦人はサブマリン本社の正面玄関から中に入ると、一直線に受付カウンターへと向かった。

「失礼、お嬢さん方」

 並んで座る受付嬢に、見るからに高級そうな白スーツに身を包んだ彼女は、艶やかな笑みを向けた。

「お手数だけど、桐矢悠臣の秘書をしている、佐々田七緒さんを呼んでいただけるかしら」

「えっ……」

 受付嬢二人は思わず顔を見合わせたあと、「あの、失礼ですが、お客様のお名前をお伺いしてよろしいでしょうか」と、有閑マダム風の婦人に言った。

 婦人は「ああ、ごめんなさいね」と詫び、「私は……」と名乗ろうとした。

 そのタイミングで。

「あれ、晶ちゃん? 晶ちゃんじゃない!?」

 エレベーターを下りて玄関ロビーを通りかかった木ノ下三雄が、驚いたように声を上げた。

 サブマリン社長を勤める三雄は、会長の隆盛同様に今も海が大好きで、時間を作っては趣味のヨットに乗っている。

 陽に焼けた褐色の肌をスーツに包んだ彼は、白スーツの婦人に近付くと破顔し、「なんだよ、会社に顔を出すなんて、珍しいなぁ」と、いきなり彼女の肩をポンポンと叩いた。

 婦人は掛けていたサングラスを外し、「お久しぶり、木ノ下さん」と微笑んだ。

「なに、もしかして俺に会いに来てくれたの?」

「残念。今日は別件で来たのよ」

「なんだー。ていうか、今度また隆盛の家で飲もうよ。家内も晶ちゃんに会いたがってたよ?」

「ええ、そうね。奥様にもよろしく伝えて」

「うん、じゃあまたな!」

 控えていた秘書や受付嬢がびっくりして声も出ない中、三雄は笑顔で手を振り、そのままビルの外へ消えた。

 やけに社長と親しげな婦人に、いきなり緊張度合いが増した受付嬢に、女性は改めて向き直ると、「失礼」と微笑み、言った。

「では佐々田七緒さんに、桐矢晶代が会いに来た、とお伝え下さるかしら?」
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