【完】喫茶「ベゴニア」の奇跡

そして顔を引きつらせ「コイツ・・・」と由希くんに視線を送った。もしかして聞いてはいけないことだったのだろうか。私たちの会話を由希くんは聞いていたらしい。1人でクスクスと肩を震わせて笑っていた。

そして由希くんは「ってかさあ!」と突然大きく声を荒げる。

「なんで2人は敬語で苗字呼びなワケ?聞いてるこっちがむず痒いんだけど?!」
「なんでって・・・そりゃあ店員さんは敬語使うのは当たり前だよ」

行きつけの喫茶店とはいえ、馴れ馴れしく店員にたとえ同じ年でも敬語を外せるほど私のコミュニケーション力は高くないのだ。それに「桐山」っていう苗字もここ最近知った話で、その名を呼べるだけでも観察していた私にとってはかなりステップアップである。本人は当たり前だという返事が納得いかないようで「う〜ん」と腕を組んで難しい顔をした。

「じゃあ今から2人は友達に昇格ね。敬語もなし苗字で呼ぶのも禁止で」
「なんとも無理やりな友達への昇格・・・そう思いませんか、桐山さん」
「ですね。・・・まあ僕はそれでもいいですよ」
「え?」
「よろしく、奈央ちゃん」
「・・・よ、よろしくお願いします、水樹くん」

そういえば由希くんも顔が整っているからか麻痺していたけれど・・・桐山さん、改め水樹くんもすごく顔が綺麗なのだ。彼から「奈央ちゃん」と呼ばれたその瞬間、体が甘さを帯びて痺れるような感覚を覚える。胸が締め付けられたような、少し息苦しいような、そう思うくらいに。

コーヒーの飲み過ぎで胃もたれをしたのだと、そう私は思うことにした。
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