【完】喫茶「ベゴニア」の奇跡


今日は店はどうしているのかと聞くと、今日は水道や火災報知器の点検などをまとめて行おうと臨時休業にしているらしい。作業が思いの外トントン拍子に終わったらしく、このショッピングセンターまで足を運んだとのことだった。もしかして代わりに水樹くんのおじいさんが営業しているのではないかと勝手に期待してしまった。そうだったらこの後すぐに行ったのに。

「奈央ちゃんは買い物?」
「うん。目的はもう終わっちゃったけれど」

 
自身の右手にぶら下がっている茶色の紙袋を、水樹くんに見せるように揺さぶる。今日の目的はただ期間限定のポップアップショップで気になっていた洋服を買いに来ることだった。ショッピングセンターに入るなり一目散に目当てのお店に向かい、無事に手に入れることができたのだ。説明すると彼は「良かったね」と一緒に喜んでくれた。

その後水樹くんは少し考えるそぶりをする。どうしたのだろうと首を傾げている私と視線を合わせた。


「実は僕も大体買い物終わっているんだけど」
「?」
「良かったら、こんな時間だし一緒にお昼食べない?」


そう指差した先には、最近新しくオープンしたイタリアンのお店。

お昼に誘われているのだと自覚するのに少し時間が掛かった私は「え?」と聞き返してしまった。一応お友達とはいっても店員と客の関係性なのに、ランチに誘われるなど考えもしなかったからである。ましてや今まで「顔が綺麗だ」なんだ言っていた観察していた人からの誘いだなんて。

しかし、とても魅力的な誘い。断る理由なんてどこにもない。すぐに「行きたいです」と返事を返した。水樹くんはホッとしたような微笑を浮かべて「新しいランチメニューの参考に女性の意見も欲しいから」と付け加える。そう言いながらもきっと彼は私が行きやすいように促してくれたのだろう。他意はないと線引きもされているような気がしないでもないが。別に期待していたわけではない。

デートのお誘いだなんて、そんな都合のいいこと。思っていない。
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