【完】喫茶「ベゴニア」の奇跡
その言葉に「へ?」と変な声が漏れた。今、この人は、何て言ったのだろうか。パチパチと瞬きを繰り返す。すると水樹くんは急に「あーいや、違う。そうじゃなくて」と、自身の頭の髪をかき乱した。何が違う、そうじゃ無いなら、どういう意味だ。ぐるぐるといろんな事が頭を駆け巡るが、やっぱり肝心な時に言葉にする事が出来なくて。

一拍、スローモーションのような一泊を開けてから再び水樹くんは私と目を合わせるように動く。

「本当はまだ言わないつもりだったんだけど、やっぱり辞めた」

その瞬間、この空気・・・いや、彼の纏う空気がふわりと柔らかくなった。グッと距離を縮めた身体で視界がいっぱいになり、私たちを隔てていた見えない壁をあっという間に超えてくる。これ以上離れることを許されないと言われているように私の身体は固まったまま。息継ぎさえ不安定になる。

「ーー奈央ちゃんのことが好きなんだ」

水樹くんの目が細められる。今までに見たことがないくらい、優しくて、慈悲深くて、でも熱がこもっていているようなその瞳はその言葉の後見えなくなる。その代わりに彼の身につけていたマフラーが顔にかかりそうになり、額に柔らかくて、温かい熱が伝わった。
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