その人は俺の・・・
「気をつけて帰ってください。注意事項です。いいですか?帰りながらでもいいですから、今日は何の花を活けたのか、何人くらいの生徒さんの教室か、先生はどんな特長のある人か、等々、考えておくこと。そして、それは聞かれる度、変化しないように自分の中で定着させておくこと。いいですか?」
「……さすが、先生。良かった。うっかり何も考えてなかった。実際ある教室の名前、言ってた方がいいかな」
「それはどうなんだろう。御主人次第だよな。本当か確かめようとするなら、存在してる教室を言ってた方がいいだろうし。入って行くところまでは行動して見せてた方がいいかもね」
「さすが先生。そうしてから、会うことにします」
いいのか、悪いのか…。俺が主導で浮気の工作してるみたいじゃない?………違うよな。違うけど、……ないことを証明することはできないからな。
「習い事は週一くらいですか?不定期?曜日は統一されてる方がいいですか?」
「週一、不定期、で」
「解りました」
「時間は午前の部、午後の部、みたいにできるから」
「あ、今日は?」
大丈夫だったのか。
「そこは大丈夫。今日は初日だから、見学程度ってことで、好きな時間でいいことにしてたの」
「そうなんだ」
割と抜け目なくできてるところもあるんだな。……本当は、さっき俺が注意しないといけないと言ったこと全て、バッチリにしてあるんじゃないのかな。
「あ、先生って、ちょっと」
外で、俺みたいなのを先生なんて呼んでると変に目立つし。それに、先生なんて呼ぶとは思っていなかった。
「…確かに教室は教室だけど、…偽物だし。普通に名前で呼ぶ方がいいでしょ」
「解りました、じゃあ、次回からは名前で」
「お願いします」
いいのか悪いのか……大丈夫だというから最寄り駅まで手を繋ぎ歩いた。
変なドキドキが俺を襲っている。これは、彼女が経験したい恋のドキドキとはあきらかに違う、ハラハラするスリルのドキドキだ。
大丈夫だろうか。浮気相手だとかなったら大変だ。毎回こんな思いをしなくてはいけなくなるってことだろうか。そうだよな。充分警戒しないと…。そのためには…ご主人の顔を知っておいた方がいいのかも知れない。いや、知っておかないと駄目だな。
「今日みたいなところ、夜だと…星が綺麗なんでしょうね…」
「え?あ。…ん、でしょうね」
夜の教室なんてとんでもない。無理無理。それはあり得ないけどね。