名前を呼んで、好きって言って

というか、どこから聞いていたんだろう。
彼の最低という言葉に対して言い返していたから、そこから聞こえたのだと信じたい。


「もしかして、全部聞いてた……?」


小声で確かめる。
翠君は目を逸らして、答えない。


聞いてたんだ。
聞かれてしまった。


その事実に耐えられなくなって、私はその場から逃げ出した。


春木君が私を呼んでいたけど、私は止まらずにお店を出た。


足が動かなくなるまで、できるだけ走って逃げた。


息が上がり、これ以上走れないということろまで来ると、スピードを緩める。
歩くことで、少しだけ冷静になった。


知られてしまった。
私が原因で、彼を傷付けてしまったこと。
私が、人を傷付けてしまったこと。


春木君にだけは、知られたくなかった。


人の恋路を邪魔した、最低な奴って思われただろうか。


私が最低なわけないって言ってくれたけど、本当はどう思ったんだろう。
幻滅されてたりして。


もう、春木君に嫌われてしまっただろうか。
もう、笑顔で私の名前を呼んでくれなくなるんだろうか。


あの笑顔が、見れなくなるのだろうか。


そんなことを思うと、涙が止まらなかった。
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