もうそばにいるのはやめました。


「じ、実は、今日もまだ仕事が残っててな……」


「今日も!?」


「夕方にはあっちに戻らなきゃいけないんだ」



そんな忙しいときに帰国したのかよ!

仕事人間だった父さんが!?


俺の誕生日に、わざわざ……。



こういうとき素直に「ありがとう」「うれしい」って伝えられないこの性格がうらめしい。



「そんな忙しいなら別に……」


「父さんが嫌なんだ。また大切にすべきものを見落として、後悔したくない」



真面目なところは変わってない。


だけど父さんにこうもわかりやすく愛されるのは慣れてなくて。

なんかむずがゆくなって落ち着かない。



「もし円さえよければ、一緒に住まないか?」



むずがゆさが、冷めた。


なにを言われたのか、一瞬理解できなかった。



今、なんて……?



「あっちで一緒に暮らそう」



頭が働かない。


一緒に暮らす?

あっちって……父さんのところ?



混乱してぐらついた視線に、がたついたデコレーションのケーキが留まる。



この誘いを受けたら。

そしたら。


寧音のそばにはいられなくなる。


そんなの嫌だ。



「……っ、か、」



乾いた喉に生唾を流し込む。

口は甘い物を求めていた。



「考えさせてくれ」



それでもこの口が吐き出したのは、甘さとはかけ離れた返事。


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