愛してるからさようなら
 その日結ばれた私たちは、交際を開始した。

 私たちは、ごく普通の恋人だった。
私は須原くんを優くんと呼び、優くんは私を桃香と呼ぶ。
互いの家を行き来して、デートをする。

 そんな中、不思議だったのは、大学4年の優くんが就職活動をしていないことだった。
私が尋ねると優くんは教えてくれた。
ロボット工学を学ぶ彼は、世界シェア7割を誇るその筋では有名な産業ロボットの会社の跡取りだということを。
大学卒業後は、MBA取得のために2年間アメリカに留学するらしい。


2年も!?

その頃、私はもう28だ。
本当に待ってて大丈夫?
アメリカで金髪の彼女とかできない?

私には不安しかなかった。

優くんは大丈夫だと言う。
仕事を辞めて付いて来てもいいとも言ってくれた。

でも……

することもなくアメリカに行ったら、きっと私は優くんを束縛してしまう。

私は、日本に残ることを決めた。

不安がないと言えば嘘になる。

それでも私は、将来を見据える優くんに負けないように自分の足で立って歩こうと決めた。




そうして、また冬がやってきた。

2月末、私は、本来来るべきものが来ないことに気づいた。

もう2週間ほど遅れている。

私は、生まれて初めて、妊娠検査薬を買った。

線が2本……

陽性………

どうしよう。


優くんはあと一月(ひとつき)で留学してしまう。

行かないでって言う?

ううん、それはできない。

優くんは会社を継ぐためにやらなければいけないことがある。


私は優くんに黙って産むことを決めた。

堕ろすという選択肢は初めからなかった。

上司に事情を話して異動願いを出し、実家近くのセントラルキッチンに異動が決まった。


3月も半ばに差し掛かると、大したことないと思ってた悪阻が本格的に始まった。

優くんには胃腸風邪だと言い、ファミレスの仕事も貯まってた有休を使って休んだ。

すると、心配した優くんは私を部屋に呼んで看病してくれる。

胃腸風邪で食欲がないという私の嘘を素直に信じて、一生懸命看病してくれる優くん。

ごめんね。

私は心の中で謝ることしかできなかった。
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